生徒たち
「コイツが、アタシらの先生かよ? ずいぶん、頼りなさげじゃね?」
小麦色の肌に、ライオンのたてがみのような金髪の少女が言った。
「先生、これがうちのクラスの名簿……だそうです」
瀬堂 癒魅亜から渡されたデジタル資料には、彼女たちの顔写真や名前、身長や体重、血液型、趣味や性格までもが載っていた。
「ずいぶんと、悪趣味な名簿じゃないか? 今どき、ここまで個人情報を書くなんて」
「久慈樹社長の性格なんですよ。彼女たち本人の同意も、取ってあるハズです」
「ホントか? えっと……」
「王洲 玲遠(おおしま れのん)だよ。名簿を見りゃあ、一発でわかるだろ」
たてがみ金髪の少女は、悔しそうに言った。
「この名簿は消去する。こんなのは、プライバシーの侵害に他ならない」
ボクは、スマホに入った名簿のデータを、全て消去する。
「おいおい、先生。いいのかよ?」王洲さんが言った。
「こんな名簿に頼らなくったって、キミたちの名前や性格くらい覚えられるさ、レノン」
「ほぉ? ずいぶんと頼もしいコト言うじゃないか、先生」
「だけど、一つ聞いておきたい。キミはボクの生徒になることに、同意したのか?」
立派なたてがみの少女は、一瞬たじろぐ。
「そういう契約なんだよ。そうじゃなきゃ、こんな……」
「やはり……同意、させられたんだな、レノン?」
「仕方ねェんだよ。ウチは親が失業中で、こうでもしなきゃ、まともな人生歩めそうに無いからな」
すると、ピンク色の髪を宝石で飾った少女が、口を開いた。
「ここに集められたコたちは、多かれ少なかれ似た環境ですわ」
「やれやれ……ずいぶんな仕打ちじゃないか、久慈樹 瑞葉」
すると、ボクの声を待ってましたとばかりに、本人が現れた。
「そうかな? ボクはこれでも、慈善事業のつもりなんだがね」
サラサラとした髪をかき上げながら、玄関へと続く扉から入ってきた彼は、瀬堂 癒魅亜の背中へと回り込む。
「人の境遇を人質に、無理やり従わせるのが慈善事業ですって!?」
ユークリッドのアイドル教師は、首元に回された腕を払いのける。
「本人たちにしてみれば、有り難い申し出なんじゃないか? 教民法や、ボクらユークリッドの出現によって、職を失った教育者たちの娘である、彼女たちにしてみれば……さ」
久慈樹 瑞葉は、涼しげな眼差しを、ボクの生徒たちに向ける。
「社長さんの、言う通りです。わたしは、ここで生徒になります。お金も貰えて、幸せです……だから、先生の生徒にしてください!!」
白いモコモコ髪の少女が、体中の勇気を振り絞るように言った。
「アナタって、人は……!!?」
瀬堂 癒魅亜の瞳は、怒りに満ちていた。
「ボクは、キミの笑顔が見たいんだ。怒った顔じゃなくね」
久慈樹 瑞葉は、スタジオ部屋とは反対側のドアを開けた。
「これが瀬堂 癒魅亜の、寝室さ。天蓋付きのベット……素敵だろう?」
ボクの生徒となる予定の、少女たちに問いかける。
「キミたちが、教民法やユークリッドによって、人生が破滅へと向かっていた頃、彼女は優雅に天蓋付きのベットで眠っていたのさ?」
少女たちの突き刺すような視線が、一人の少女へと向けられる。
「お前が、のうのうと温かいベットで眠ってた頃、あたしは……!?」
「普通の教師だったお父さんが、どうしてあんな酷い目に……!!」
憎悪が言葉となって飛び出し、可愛らしい顔を醜く歪める。
「ヒッ!!?」瀬堂 癒魅亜の瞳は、僅かに悲鳴をあげた。
「それって、社長も同じですよね? この超高層マンションも、社長の所有物だと聞きました」
「ああ、そうさ。だから、この部屋の権限もボクにある」
久慈樹 瑞葉は、見透かしていたかのように爽やかにほほ笑む。
「今日から、キミたちの部屋はここだ。もう一年以上も授業動画を撮影できていないキミには、彼女たちと同居をしてもらうよ?」
ユークリッドの 現社長は、冷徹な命令を下した。
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