とある孤児院の闇
「孤児院から、子供が養子として貰われて行くなんざ、よくある話さ。10年以上も前のコトを、イチイチ覚えちゃ居られないんだよ」
細川 珠の甲(かん)高い声が、ドーム会場に響いた。
「記録は、残っていないのですか?」
すかさず、マドルが問う。
「母さんの時代なら、付けてたかもね。だケド、とっくに処分しちまって無いよ」
3女の高山 妙(たえ)が、ぶっきら棒に切り捨てた。
「それはかつて、何らかの記録があったと言うコトですね」
「だから、今は残って無いっつってるだろ!」
「残って無いと言うより、残して無いのでは?」
「な、なんだって!?」
「都合の悪い記録を、あえて残す必要は無いと言うコトです」
妙の動揺を突く、マドル。
「都合が悪いだって? アンタさっきから、言ってる意味がわからないよ!」
「わかっているから、怒りで誤魔化そうとしているように見えますが?」
「テメ……このヤロウ」
「素性の不明な、子供たち。貴女方姉妹にとっては、良き商材なのでしょう」
「オ、オイィ、マドル! 証拠は、あるんだろうな。証拠は!」
「モチロンさ、警部。我輩もあれから、この孤児院について色々と調べ上げた。身寄りの無い子供たちを、それを必要とする人間に養子と言うカタチで売り飛ばし、替わりに寄付と言う大金を得ている。そんな証言が、尽きないんだ」
「ど、どこから……それを……」
「妙! 余計なコト、喋るんじゃ無いよ!」
長女の珠が、妹を叱る。
「お互いに暗黙の了解であり、互いが互いの詮索は行わなかった。あくまで貴女方は、孤児の子供を裕福な家に養子に出しただけ……でしょう?」
「そ、そりゃ、そうよ。問題無いハズだわ」
「子供たちが美味いメシにあり付けるなら、それに越したコトはないじゃない」
イエス、ノー形式の問いかけに、珠と妙は暗に認めてしまった。
「替わりに裕福な家は、孤児として生きて来た子供を得た。当然ながら、中には子宝に恵まれず、養子を迎えた家もあったでしょう」
「アンタ……なにが言いたいんだい?」
次女の菊も、言葉が荒くなる。
「そうじゃ無い家も、あったと言うコトですよ」
神於繰 魔恕瘤(かみおくり マドル)は、言った。
「マドル。そうじゃ無いと言うのは、1体どういう意味だ?」
「解らないかな。例えば子供を、性の玩具として買った」
「そ、そんなコトが、あるハズ……まあ、否定は出来んか」
警察と呼ばれる組織で生きて来た男は、納得する。
「アタシらからすりゃあ、養子に送り出した家で、大切に育てられているって前提なんでね」
「孤児院を離れた後のコトなんざ、知ったこっちゃ無いんだよ」
毒づく、珠と妙。
「他にも、交通事故で河に流されて死んだ少女の、替え玉に使ったなんて突飛押しも無いコトまで、あったかも知れません」
「マ、マドル……」
事前に聞いていたとは言え、驚きを隠せない感じの警部の声。
「何度も、言っているでしょうに。わたし達は、養子に出してしまえば例えそのコがどうなろうが、責任を取る義理は無いんですよ」
菊が、冷徹な口調で言った。
「まるで子供を、金と引き換えの道具のように扱っておられますな」
「オヤオヤ。だったら、子供をウチの教会の玄関に、置き去りにする親の方を、咎(とが)めたらどうでしょうか?」
「アタシらはね。これでも多くの子供たちを、社会に送り出してんだ」
「警察にとやかく言われる筋合いは、無いね」
3人の中年のシスターは、口を揃える。
「どうでしょうか……」
「なんだって!」
マドルに喰いつく、妙。
「我輩たちは現在、マスターデュラハン殺人事件を担当しておりまして」
「ああ、知ってるよ」
「未だに解決されないって、新聞じゃお笑いのネタさね」
「知っての通り、この孤児院で育った渡邉 佐清禍(わたなべ サキカ)と言う少女が、殺されました」
「アンタを始め、警察にゃ何度も尋問されたからね」
「あの根暗なコは、最期まで疫病神だったよ」
「そのサキカさんの件に、貴女方が関わっていると、警察は見ているのです」
マドルの言葉に、青褪(ざ)める3人のシスターの顔が、ボクの脳裏に浮かんだ。
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