いただきます
「1応、先に言って置くがよ。マジで、しょーもない理由だからな!」
宝城さんが話を始めようとした前に、美浦さんが出て釘を刺す。
題醐(だいご)さんの退学した理由て、そこまでヘンなのかな?
「アイツらしいと言えば、アイツらしいのですがね。では……」
開演前のライブハウスの観客席で、宝城さんが話を始める。
それをボクと沙鳴ちゃん、ポエムさんが囲んでいた。
「アレは数週間前、学食での出来事でした。学食も近代化はされましたが、ウチは仏教系の高校なので、食事作法にも厳しいんです」
「メニューも、コメがメインの和食中心だしよ。それでアイツ、新たに赴任して来た生活指導の学年顧問と、揉めやがったんだ」
美浦さんも、当時の様子を語る。
2人の話の内容を、頭の中で再生させるボク。
校舎の外観は今日見て来たばかりだし、想像もし易かった。
「なんだ、お前その頭は。いくら髪型が自由になったと言えど、その髪型はけしからん!」
貫禄のある中年のオジサンが、頭ごなしに怒鳴り付ける。
「ア? 誰だ、テメーは。今までだって、この真っ赤な頭でやって来たんだが?」
真っ赤な髪の男は、気にせず弁当箱の入った包みを開いた。
「わたしは、4月から赴任した厳煌(げんこう)だ。今年度から、学年指導も任されている。わたしの時代なぞ、例外なく全員が坊主頭だったぞ」
「へー、そりゃ良かったな」
弁当箱のフタを開ける、題醐(だいご)さん。
「生意気なヤツだな。坊主にしろとは、言わん。明日までに、黒髪に戻して来い!」
「だから、なんで?」
「日本男児は、黒髪と決まっているだろう!」
「そりゃ、差別だぜ」
「な、なんだと!」
「黒い肌にチリチリ頭の日本人も居れば、真っ白な肌に金髪の日本人だっている」
「ハーフのコトか。確かにわたしの時代に比べれば、増えた印象だが」
「出稼ぎで日本来て、日本人と結婚したヤツだって居るぜ。日本の国籍持ってりゃ、肌の色や髪の色に関係なく日本人なんだよ。髪の毛が黒が基本とか、同じセリフをアメリカで言ってみろ。差別主義者って言われるぜ」
「グヌヌ……」
言い返せない、厳煌教諭。
「せ、正論と言えば正論ですケド、屁理屈って言えば屁理屈な気もしますね」
宝城さんが、そこまで話したところで、沙鳴ちゃんが感想を言った。
「仏教では、禅問答もあるからな。屁理屈と言ってしまえば、相手に負けを認めるコトになる」
「そ、そうなんですか!」
驚く、女子中学生。
宝城さんは、話を続けた。
ボクの頭に、再び真新しい学食の光景が思い浮かんでくる。
弁当箱を持ち上げ、掻き込み始める題醐さん。
「オイ、いただきますはどうした?」
厳煌教諭が、再び題醐さんを注意した。
「あ、なんだ?」
「いただきますは、どうしたと言っているんだ。お前は今、なにを食べている。肉や魚も、命。コメや野菜だって、命なのだぞ」
「それが、どうした?」
「お前は、命をいただいてるのだ。せめて、お前の血肉となる命に感謝し、いただきますと……」
「だったらテメーは、いただきますと言われたら、殺されたって構わないてェのか?」
「な、なんだと!?」
「いただきますって言えば、お前は喰われても文句ないってんだな?」
「そうは、言っておらん。わたしは、食べられる命に対する感謝をだな……」
「感謝だァ。いただきますって言葉は、単なる自己擁護(ようご)だ」
「どう言う、意味だ!?」
「いただきますって言えば、命を奪っているって罪も緩和されっからよ。便利な、言葉だぜ。自分の僅かに残った罪悪感までかき消せる、ご都合主義も極まった言葉(ワード)だ」
宝城さんの話す題醐さんの姿に、聞き手側のボクたち全員が閉口した。
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