新たな来客
「しょーもないアメリカンジョークを連打する、ビール腹のオッサンではあったケドね。少なくともガキの頃のアタシにゃ、優しくて良い親父(ダディ)だったのさ」
懐かしさと哀しみの両方が、ポエムさんの顔に滲(にじ)み出ていた。
「もしかして、題醐(だいご)さんを住み込みさせて面倒を見てるのも、お父さんと同じドラマーだから……あ、ゴメンなさい!」
慌てて口を塞ぐ、沙鳴ちゃん。
「気にしなんさんな。ま、図星なトコもあるしね。ステージのドラムセット、オヤジが気に入って使ってたモノなんだ。アイツは変わってるケド、良い音鳴らしやがるんだ」
題醐さんの叩いていた黒いドラムセットは、所々塗装が剥げてはいるものの気品があり、長い年月大切に扱われて来たのだと感じた。
「ところで、アンタらどうする? 鷹春は、ここが家だからそのウチも出って来ると思うケドね」
「どうする、ダーリン?」
「ウ、ウン。待とう……か」
「アンタら、学生服だし未成年なんだろ。ジュースくらいしか無いケド、飲んで来な」
ボクたちの返事も聞かずに、ポエムさんはお洒落なグラスにオレンジジュースを注いで出してくれる。
「ア、アリガトウございます。これ、カクテルで使うグラスですよね?」
「夜のステージだと、アルコールを提供するコトもあるんだよ。ま、バンド次第だケドね」
へー、そうなんだ。
心の中で感心しながら、大好物のオレンジジュースを飲み干した。
ボクと沙鳴ちゃんは、ライブハウスの観客席で題醐さんが戻って来るのを待つ。
しばらくするとコツコツと足音がして、誰かが階段を降りて来た。
「……だ、題醐さん?」
「どうかな。もしかすると、お客さんかも知れないよ」
受付で対応する、ポエムさんの丁寧な言葉が聞えて来る。
どうやら、題醐さんじゃ無いみたい。
「あッ! 見て、ダーリン。さっきの人たちだよ」
「……えッ!」
沙鳴ちゃんに言われて、慌てて狭い入り口を見るボク。
観客席に入って来たのは、ハンバーガーショップで題醐さんと話していた人たちだった。
確か宝城さんと、美浦さんって呼んでたよね?
2人とも白いジャージ姿じゃ無くて、学生服に着替えたみたいだ。
「なんだい、アンタらも鷹春の知り合いかね」
ポエムさんが、2人の後から戻って来た。
「えッ……オレたちの他にも、このライブハウスに来たヤツが居るんですか?」
スキンヘッドに筋肉質のいかつい身体の、宝城さんが質問してる。
「まあね。あの2人さ。知り合いかい?」
「いえ。知り合いではありません」
「だけど、宝城。ハンバーガー屋に居たヤツらだぜ」
美浦さんが、指摘した。
「なんだ、他人なのかね。あのコたちは、鷹春をスカウトしに来たんだよ」
「鷹春……題醐をですか!」
「ところで、アンタらの用件はなんだい?」
観客席の後ろにある、小さなカウンターに入ってグラスを取り出す、ポエムさん。
「オレたちは、山の背でアイツとチームメイトでした。アイツは学年指導の顧問と揉めて、退学してしまったんです。どこでなにをしてるのかも解らなかったのですが、ここに居ると聞いて伺いました」
「アイツ、学園祭じゃ派手なドラムと、ド下手な歌を披露しやがって、かなりの人気だったんスよ。まさか、こんな本格的なライブハウスに居るとは、思ってませんでしたケド」
「そうかい。アイツったら、必要最低限の情報しか寄こさないからねェ。もし良かったら、アイツがどうして退学になっちまったのか、聞かせてくれるかい?」
ポエムさんが、2人の前にオレンジジュースを差し出しながら言った。
「え、ええ……ですがアイツの、プライベートなコトでもありまして……」
「別に話したって、問題無いんじゃね?」
いい加減な美浦さんが、背中を押す。
「そうだな、わかりました」
スキンヘッドの山の背サッカー部のキャプテンは、意を決したみたいだ。
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