1000年前の言葉
ボクは、クーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダと、1夜を過ごした。
昼夜の無い宇宙空間に置いて、1夜と表現して良いのかは判らないが……。
「お目覚めですね、宇宙斗」
クーリアが、ボクを呼び捨てに呼んだ。
「あ、ああ。クーリアは、もう起きていたのか」
ボクは自分でも、気の利かないと思うような返事を返す。
「ええ。わたくしを受け入れてくれて、感謝しております」
それでも気高き少女の顔は、柔和に微笑んでくれた。
「コーヒーを煎れました。お飲みになりますか?」
「そ、そうだな。貰うよ」
ボクはベッドから立ち上がって、リビングに向かう。
部屋の真ん中には、4本の曲がった脚の、アンティーク調のテーブルがあった。
その上には、ピンク色のソーサーに乗った白亜のコーヒーカップと、似たデザインのティーカップが置かれている。
「クーリアは確か、紅茶派だったよな」
「艦長……いえ、宇宙斗も、紅茶の方がよろしかったでしょうか?」
「ボクはコーヒーで、構わないよ」
「そうでしたか……」
どことなく嚙(か)み合わない、ぎこちない会話がしばらく続いた。
「艦長は既に、たくさんのお子をお持ちですものね。こんなコトは、慣れていらっしゃるのでしょうが……わたくしは……」
恨めしそうな瞳を向ける、クーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダ。
ボクは本能的に、顔を背けてしうまう。
そして直ぐに、後悔した。
「ボ、ボクだって、始めてさ。60人の娘たちは、ボクが眠っている間に、時の魔女が……」
「もう、ケッコウですわ」
クーリアは突然立ち上り、ボクの部屋から出て行ってしまった。
テーブルに並ぶ、コーヒーの入ったカップと、紅茶の入ったカップ。
「し、しまった。ホントのコトを言ってるのに、地雷だったかァ!」
ボクはソファで頭を抱え、項垂(うなだ)れた。
「こんなコトなら、1000年前にもっと、恋愛シミュレーションをやって置くべきだった。まさかこのボクが、大財閥のご令嬢とイイ仲になれるなんて、思ってもみなかったからな」
クーリアとの会話の、どこが地雷だったかも判らないボクは、コーヒーを一気に飲み干す。
窓から宇宙でも眺めようと、再び寝室へと移動した。
天蓋付きのベットが、必然的に目に入る。
「クーリアは、ボクに大切な身体をあずけてくれた……」
気高く美しい少女の、身体の温もりが脳裏に甦った。
「ボクだって、覚悟を決めなくちゃな」
寝室の窓から見える、孤高の宇宙(そら)。
いつの間にか逃げていたコトに、遅まきながら気付いた。
ボクは、寝室の隣に備わっていたシャワー室に入る。
「クーリアが言ったように、ボクには60人もの娘たちが居る。彼女たちの母親は、時の魔女ってコトだったが……時の魔女の正体すら、判らないんじゃな……」
熱いお湯の飛沫が、身体を芯の方から目覚めさせた。
「クーリアの前ではとても切り出せなかったケド、ボクは地球で、ショチケ、マクイ、チピリの3姉妹と交わり、それぞれに3人の娘たちを設けている。今では夢にも思えるケド、アレって現実の出来事だったのか……」
地球に残した、9人の娘たちを思い出すボク。
「もし現実だったとすると、時系列的にどう考えたって、おかしいよな」
シャワーを浴びながら、様々な疑問が頭の中に浮かび上がった。
「気持ちを整理するために、シャワーを浴びたハズが、返ってこんがらがってしまった」
シャワー室は、そのまま乾燥室へと変貌する。
「ボクに、最新鋭のMVSクロノ・カイロスを与え、60人もの娘を授けた時の魔女……正体は……」
ドラム式洗濯機の乾燥室に入れられた、洗濯物のように熱風を浴びるボクの身体。
「黒乃……キミ……なのか?」
1000年前の、廃鉱での黒乃の言葉を思い出す。
『どんなに時が流れても、アナタの傍には必ずわたしがいるから』
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