海戦の決着
「野郎ども、これより撤退戦を開始する。アル・ゴゥース号が離れたら、アドゥル艦隊旗艦に1斉放火を浴びせてやれ!」
イアン・ソーンは、肩にメリィ・ディアーを抱えたまま、アル・ゴゥース号へと跳び乗った。
「イアン、キサマ逃げる気か!」
手首を完全回復させたアドゥルが、イアンに神槍を向ける。
「流石は神槍アスク・ラピアだ。オメーの手首を、1瞬で回復させちまうたァよ。だがソイツの射程は、オレの魔銃に遠く及ばん!」
メリィを甲板に降ろすと、イアンは両手の魔銃を発射した。
銃から発射された銃弾は自由に跳んで、アドゥル艦隊旗艦のまだ落ちていなかったマストの帆を支えるロープを切断する。
「今だ、1斉砲撃!」
アル・ゴゥース号が、敵旗艦から離れると同時に、横2列に並んだ大砲が次々と火を吹いた。
「こちらも、応戦しろ。使える大砲全てを、ヤツの船に叩き込め!」
アドゥルの檄が飛び、横腹に大きな穴を開けられた旗艦も反撃を開始する。
「ダ、ダメです、アドゥル提督!」
「敵火力が圧倒的に上で、こちらの艦が持ちません!」
砲撃を受けたアドゥル艦隊旗艦は、甲板や船体のあらゆる場所に穴を開けられ、炎に包まれた。
船倉などに海水が乱入して、喫水が下がる。
「アドゥル・メート様、これ以上は……」
アドゥルの危機を救った、アー・ポリオが主に進言した。
「やむを得まい。総員、退艦せよ。後続の艦に、拾って貰え!」
艦隊司令官の命令で、次々に海へと飛び込む乗組員たち。
「イアンめ。この借りは、必ず返すぞ!」
紺碧の海に投げ出された男たちは、海に消える自分たちの船を見送った。
旗艦を失ったアドゥル艦隊は、海に浮かぶ男たちを拾って港へと引き返す。
その頃には日も沈み、夜が訪れたクレ・ア島のあちこちで、火災の炎が輝いていた。
「キレイな、景色ね。でもあの炎の中で、焼かれている知り合いも居るのよね」
星の海の下を行くアル・ゴゥース号の甲板で、1人の女が島の炎を見つめている。
「後悔しているのですか、メリィ」
背後から、1人の男が問いかけた。
「なによ、ソレ。今さら紳士ぶったところで、アナタの本性は隠せないわよ」
紫色のアイシャドーが塗られた猫のような目を、男に向ける女。
「アレは、わたしの性質の1つです。人には、人格がいくつもあるモノでしょう?」
「そうね、イアン。ところで、夜は攻撃を仕掛けないの?」
「こちらも、かなりの弾薬を消費しましたからね。貴女の商船などとは違って、戦闘艦は重たい大砲や弾薬を積載し、乗組員も多く必要です。航続距離は、長くありません」
「ようするに、補給が必要ってことね」
「ええ、そうです……」
背中から、女を抱く男。
「そっちは、任せて。お望みの物資を、確保してあげるわ」
2人は、口付けを交わした。
「これから北へ向かいます」
「北……か。でも、連中を信用して大丈夫なの?」
女が、問いかける。
「今は彼らを、信用する他ありません。すでに我々は、ミノ・リス王を裏切ってしまったのです」
「そうね、イアン。でも強大なラビ・リンス帝国に、本当に勝ち目はあるのかしら?」
夜の海を快適に走る、アル・ゴゥース号。
すでにクレ・ア島は視界から消え、4方全てが海へと変わった。
「今回の反乱には、大海の7将の半数が加担しているのです。今頃は、カラ・イースとデル・ザース兄弟の艦隊が、我々の替わりに島を取り囲んでくれてますよ」
「アナタが言うなら、信じるわ」
女の瞳に、男の顔が映る。
「これは失敗が、許されなくなりましたね」
男の瞳にも、目を閉じた女が映った。
夜の海風を受けた男と女は、互いに身を寄せ合う。
やがて2人は、アル・ゴゥース号の船尾に備わった豪奢(ごうしゃ)な船尾楼にある、船長室へと消えて行った。
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