打ちひしがれる探偵
「彼女……ハリカさんに、護衛は付いていなかったのか!?」
マドルが、伯父に苛立ちをぶつけるように言った。
「女の捜査官1人と、女中1人を同室にさせていた。だが2人とも、昏睡状態でクローゼットの中から発見されている」
姪の怒りを受け止めるように、あえて事実だけを並べる伯父の声。
「わ、吾輩は……取返しの付かない過ちを、冒してしまった!!」
マドルは頭を抱え、いつに無い大声を上げる。
「どうして昨日、彼女が館に泊まるコトを許した! どうしてもっと、彼女に大勢の護衛を付けるコトを思わなかった!」
「お前が悪いワケじゃ、無ェさ。コイツは、捜査責任者であるオレの責任だ」
悲壮感に満ちた姪を、警部の声が慰(なぐさ)めた。
「止してくれ。誰が責任を取ろうが、彼女は還って来ない……」
「そうだな。オレたちに出来るのは、犯人を挙げるコトだけだ」
警部の声の後に、急ぎ足で階段を駆け上がる効果音が聞こえ、次にハデにドアが開く音がした。
「シッ、失礼いたします、警部。報告であります!」
「オウ、なんだ?」
警部の部下である警官の、大きな声が沈んだ空気を吹き飛ばす。
「たった今、被害者である嗅俱螺 墓鈴架(かぐら ハリカ)の首が、被害者の実家である寺の焼け跡から、発見されました。首は消し炭の散乱する火災現場に、打ち捨てられるように転がっていたとのコトであります!」
「オ、オイ、お前。少しは言い方ってモンがだなァ!」
「吾輩に、気を遣わなくて良いよ、警部」
マドルはまだ、項垂(うなだ)れたままだった。
「あ、あの、まだ報告があるのですが……」
「空気の読め無ェ、ヤツだな。なんだ、さっさと言え!」
「首の最初の発見者は、被害者の祖母に当たる、嗅俱螺 蛇彌架(かぐら タミカ)と言う名の老婆らしいのですが、首の傍(かたわ)らで亡くなって発見されました」
「な、なんだとッ!? ま、まさか、自殺か!」
「いえ。医師の見立てでは、心不全の可能性が高いとのコトです」
「そうか……気の毒にな。転がった孫の首を見りゃあ、そうなっちまうのもムリ無ェか」
警部の声のトーンも、徐々に下がって行く。
「警部……現場に行こう」
微(かす)かな声で、マドルが言った。
「マ、マドル、お前は血を大量に失ってんだ。それにお前は、ハリカさんとはかなり親しく……」
「だからこそさッ!」
警部の声は、激しい怒声で遮(さえぎ)られた。
「マスターデュラハン事件は、絶対に解決しなきゃ行けない。警部、現場に行こう」
墓場セットの舞台を、歩き始めるマドル。
思えば、この推理劇が始まって以来、舞台はずっと墓場セットのままだった。
けれども観客たちは、そこに少女たちの殺された館とか、寺の焼け跡とか、弁護士事務所とか、色々な景色を思い浮かべる。
「吾輩と警部は、火災のあった嗅俱螺家の寺へと向かった。火事からかなりの日数が経っていたモノの、湿った炭が散乱し焦げた地面はまだそのままだった」
現場の状況を説明する、マドル。
「首は、この辺りで発見されました。老婆は、うつ伏せに倒れたカタチで発見され……」
「マドル、どう思う?」
警部の声が、問いかけた。
「……え?」
「オイ、やっぱ体調が完全じゃないんだ。休んだ方が、イイんじゃ無ェか?」
「す、すまない、警部。これは、吾輩の我がままだ。捜査を、続けさせてくれ」
「解った。お前が倒れたら、オレが病院まで運んでやるぜ。で、どう考える?」
「そうだね。まずはハリカさんの首を、ここに置いたのは誰かってコトだよ」
「ンなモン、マスターデュラハンに決まっているじゃ無ェか?」
「そう。だから、マスターデュラハンがどんな人物なのかが、重要なんだ」
「ココに首を置いたヤツの手がかりを探せば、自然とマスターデュラハンに繋がるってワケか」
「昨日は、雨も降ってはいなかった。最初の2人のときは、雨で足跡や証拠が消されてしまったからね」
「そうだったな。さっそく、現場の状況を洗ってみるか」
「ああ。きっと犯人は、ココに重要な手がかりを残している」
マドルの目は、探偵のそれに戻っていた。
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