真っ白な光
この1000年の間に起こった、幾多の戦争や災害によって、地球の環境は劇的に悪化してしまった。
人類の進出した太陽系の中心は、汚れた地球では無く、テラ・ホーミングを終えた火星となっている。
「宇宙斗は……地球を元の美しい蒼い星に、戻せると思っているの?」
ツィツィ・ミーメのコックピットの中で、クワトロテールをヘルメットから伸ばした少女が、ボクに向かって聞いて来た。
地球は、放射能や科学物質に汚染された雨が降り続き、その雨が流れ込む海は黒く淀んでいる。
多くの人類は地球を捨て宇宙に進出し、僅かに残った人達が、病んだ大地にしがみついていた。
「ボクの時代にやっていた、子供向けのアニメであれば、敵のボスを倒せば壊れた街が1瞬にして元通り……めでたし、めでたしでハッピーエンドだったのにな」
「でも現実は、アニメや絵本の物語の様には行かないわ……」
ミネルヴァさんが、寂しそうな顔を見せる。
「貴女の言葉は、重いな」
ボクは、言った。
現在の地球を統括し、地球の意志を決定する量子コンピューター、ゲー。
その言いなりとなって、ひたすら自分の任務を忠実にこなして来た彼女。
けれども今の地球は、彼女の望む姿には程遠いだろう。
「少なくとも、ボクが生きている間に、地球が元の状態に戻る可能性は低そうだ。でも、何世代か人類が年を重ねて、科学を発展させれば可能性はあるんじゃないかな。キミが望んだ、蒼い地球が……」
「もうイイのよ。ミネルヴァと呼ばれた女は、地球の汚れた大地で死んだわ。ここに居るわたしは、ただの幻影よ」
「幻影……か。あのブラックホールも、幻影なら良かったんだが」
目視できるワケでは無い天体、ブラックホール。
「ブラックホールの中って、どうなっているのかしらね」
「唐突だな。それはあと少しで、判明するんじゃないか?」
ゼーレシオンとツィツィ・ミーメは、ネメシスと名付けた超小型のブラックホールに、引き込まれようとしていた。
「その時に、わたし達は生きていられる保証は無いわ。答えて」
ヘルメットのバイザーの向こうで、黒乃にソックリな顔がボクをジッと見ている。
「そ、そうだな。ブラックホールは、何か特別な天体な気がするんだ」
「どんな風に?」
「恒星は、その莫大な重力によって物質を圧し潰すケド、ブラックホールは重力や空間自体を圧し潰してる感じかな」
「ウン、そうかも。わたしも、そんな気がするわ」
バイザーの中の顔が、柔らかな笑顔を見せた。
「だけど、もうどれだけ時間が残されているか……え!?」
「宇宙斗……貴方は、ゼーレシオンに戻って」
小さな両手が、ボクを卵型のコックピットから押し出す。
「うわッ!?」
再び宇宙に放り出される、ボクの身体。
ゼーレシオンとツィツィ・ミーメの間が、かなり離れてしまっていた。
「ミネルヴァさん、なにか考えがあるのか?」
ボクは、ゼーレシオンのコックピットに辿り着き、巨人と1体となる。
視界が宇宙1色に覆われると、直ぐにツィツィ・ミーメを探した。
「……なッ!?」
いきなり激しい衝撃がゼーレシオンを襲い、ボクの脳ミソまで揺らす。
ゼーレシオンが、ネメシスに1直線に引っ張られていた軌道から、大きくズレた。
「ま、まさか、ミネルヴァさん!!?」
慌ててボクは、本来の軌道の方向を見る。
そこにはツィツィ・ミーメが居て、ブラックホールの重力で急激に引っ張られていた。
「ボ、ボクを助けようと……そんなコトッ!?」
軌道を変えようとするも、ツィツィ・ミーメとの距離は開くばかりで、どうにも出来ない。
「宇宙斗……貴方に会えて、良かったわ」
ゼーレシオンの高感度センサーが、ミネルヴァさんの声を捉えた。
「なに言ってるんだ、ミネルヴァさん!!」
ゼーレシオンの巨大なセンサーアイが、遠ざかるツィツィ・ミーメをボクの脳裏に映した。
やがて、異形のサブスタンサーの姿は消え、直後に真っ白な光がほんの1瞬だけ輝きを放つ。
ゼーレシオンは、その光から遠ざかって行った。
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