錘(アンカー)
「クソッ……まるで見えない1点に向かって、引き寄せられている!?」
重力をある程度は操れるゼーレシオンですら、木星クラスの質量を持つ、小さなサッカーボール程度のブラックホールの、強大な重力からは抜け出せないでいた。
「準惑星エリスにのみ、影響を及ぼすネメシス(謎のブラックホール)が、ゼーレシオンを引き寄せているってのか!」
納得が行かないボクだったが、それでも目の前の現実は覆(くつがえ)らない。
「ど、どうする。このままブラックホールに飲まれでもしたら、どうなってしまうんだ!?」
当然ながら、ブラックホールに吸い込まれたコトなど無いボク。
「重力によって圧し潰されるのか、それともスパゲッティのように長く伸ばされてしまうのか……」
1000年前に得た科学の知識が、脳裏を過った。
「止まれ、止まれ、止まれ!」
見えないブラックホールに、どれだけ接近しているのかも解らない。
「宇宙でどうやって、ブレーキを掛ければイイんだッ!?」
タイヤも地面すらも存在しない、宇宙空間。
ゼーレシオンの、僅かばかりの重力制御すら利かない状況が、ボクを極限まで焦らせた。
「ブリューナク!!!」
ボクの声に反応し、ゼーレシオンの左腕に装備されていた巨大な盾(シールド)が、展開する。
……もはや、それ以外の方法が思い浮かばなかった。
開いた盾の先端から、バチバチとスパークしながら閃光が走り、その先に光の球が出現する。
ゼーレシオンからエネルギーを吸った真っ白な光球は、徐々に大きさを増して行く。
「行ってくれェ!」
ゼーレシオンが、ブリューナグを放った。
かなりの大きさとなった光の球は、ゼーレシオンが引き寄せられている方向とは真逆の方角へと飛ぶ。
ブリューナクはやがて、ゼーレシオンを突き飛ばしたツィツィ・ミーメ本体へと辿り着いた。
「よし、狙い通りだ」
ブリューナクとゼーレシオンの盾は、光のスパークによって結ばれており、ボクはそれで光の球をある程度制御できる。
ブリューナグの光のスパークが、ツィツィ・ミーメに巻き付き、ブラックホールへと加速するゼーレシオンのスピードを弱めた。
「悪いケド、ミネルヴァさん。貴女のサブスタンサーに、錘(アンカー)になってもらう!」
ほぼ何も存在しない宇宙空間にあって、ゼーレシオンがブラックホールへと吸い込まれるのを止められるのは、ツィツィ・ミーメを置いて他に存在しなかった。
ボクはツィツィ・ミーメに碇(いかり)を巻き付けるようにして、ゼーレシオンの加速を止めたのだ。
「ブリューナクは、こうも使えるんだ!」
ボクは、スパークする光の鎖を引く。
ツィツィ・ミーメに巻き付いたそれは、ゼーレシオンをブラックホールの重力から引き揚げて行った。
「これでネメシスに堕ちるコトも、無くなっ……ッ!?」
けれども、ゼーレシオンを引く光の鎖が、急に緩む。
「な、なんで!」
ボクは、光のスパークが伸びる先を確認した。
「ツィツィ・ミーメが、こっちに向って来る!?」
不本意ながら、ゼーレシオンを支える役割りを背負わされていたツィツィ・ミーメが、ゼーレシオンに向け突進して来ている。
「ガハッ!!」
やがてツィツィ・ミーメは、ゼーレシオンと激しく衝突した。
「……こ、このままゼーレシオンだけ、ブラックホールの中に堕とそうってコトか?」
ボクは、ゼーレシオンが誇るもう1つの装備を展開する。
「フラガラッハ!」
全てを斬り裂く剣を、突進して来たツィツィ・ミーメに突き刺す、ゼーレシオン。
「これで何とか、弾け飛ばされるのは防げたが……」
けれども、2体のサブスタンサーはフラガラッハによって固定されたまま、ブラックホールへと引き寄せられていた。
「ミネルヴァさん、聞えるか。コースを、変えるんだ!」
ゼーレシオンを通して、密着するツィツィ・ミーメに声を伝える。
「このままじゃ、2機とも潰されてしまうぞ!」
けれどもツィツィ・ミーメは、何の反応も示さなかった。
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