最後(ラスト)のチャンス
1-9の数字が並ぶ、スコアボード。
勝敗の行方は、とっくに決している。
でもボクたちは、遺された力を振り絞って最後の攻めに出ていた。
「やらせると思うか!」
センターバックとしては小柄なカイザさんだったが、必死にジャンプする。
「もっとちゃんと、足腰鍛えんとアカンな」
けれども金刺さんのジャンプは、カイザさんを頭2つ分凌駕する高さまで達していた。
「クッ! コイツ!」
カイザさんも空中で身体を当て、金刺さんのバランスを崩そうと試みるが、サーフィンで鍛えられた下半身と、天性のバランス感覚がそれを跳ね除ける。
「へッ! 流石は、波乗り(サーファー)。本物のサーフィンの会社と間違えて、ネットサーフィンの動画編集会社に入っただけあるぜ」
クロスを上げた紅華さんが、皮肉めいた褒め方をした。
「サーファーの意地にかけて、絶対に決めたるでェ!」
金髪のドレッドヘアが、海底に生えたイソギンチャクみたいにユラッと揺れる。
激しくインパクトされたボールが、MIEのゴールの右隅に向けて飛んだ。
「アグス!」
「わかってるぜ、カイザさん。絶対、止めてやる!」
甘いマスクの守護神が、自身から見て左手側に飛ぶ。
「こ、これは、決まったね!」
「ですが、相手のキーパーは……」
ベンチで豊満なお腹を揺らし喜ぶメタボ監督に比べ、倉崎さんは冷静だった。
「届けェ!」
左手のキーパーグローブが、パーでは無くグーのカタチに握られる。
アグスさんは、フィスティングで正拳突きのように、ボールを弾き飛ばした。
「せやケド、まだボールの勢いは死んでヘン!」
横に飛ばされながらも、尚もゴールへと向かって行くボール。
「ああ……そんな!」
ベンチで、新人マネージャーの沙鳴ちゃんが、両手で口を覆う。
ボールは、左のサイドバーに阻まれ、ボクたちから見ると右サイド側にこぼれた。
「クリアだ、クラス!」
「わーッてるよ!」
左センターバックのクラスさんが、こぼれ球を追い駆ける。
「最後のチャンスが、終わったね」
「いえ、セルディオス監督。まだですよ」
「え?」
倉崎さんに言われ、諦めかけ天を仰いだ監督がゴール方向を見た。
「ここがオレさまの、スタートラインってか!」
右サイドを、かなりのスピードで駆け上がる選手がいる。
その選手は、真っ黒に日焼けした肌に、天然パーマの髪を左右に結んで垂らしていた。
「クロッ! 先に追いつけ!」」
紅華さんが、叫ぶ。
けれども、ボールまでの距離はクラスさんの方が遥かに近かった。
「ピンク頭め。オレは、オメーの犬じゃ無いっての!」
かなりのスピードから、更にギアを上げる黒浪さん。
「バ、馬鹿ヤロウが……なんてスピードだ!?」
余裕で追いつくモノと思っていたクラスさんも、慌ててスピードを上げた。
「オレさまは、黒狼だぜ! 鈍足のセンターバックなんかに、負けるとでも思ってんのか!」
最初は、倍近い差があった距離が、見る見る縮まる。
「クロくん、スゴい、スゴい!」
関係者用のビブスを着た千鳥さんが、真っ黒な本格的1眼レフカメラのシャッターを切っていた。
「あのサイドアタッカー、本気で追いつくぞ!」
「わかってるよ、カイザ。クロスははじき返す!」
ペナルティエリアで待ち構える、カイザさんとクラスさん。
「これが、全力の黒狼のスピードだぜッ!」
「コイツ、なんだってんだァ!?」
目の前で黒浪さんにボールをさらわれ、激昂するクラスさん。
「オラァ!」
黒浪さんは、1ドリブルだけボールを前に持ち出すと、まったく角度の無いところからシュートを放った。
「なッ……なにィ!?」
目を見開き、驚くカイザさん。
ボールは、MIEのゴールの天井ネットに突き刺さっていた。
前へ | 目次 | 次へ |