アトラ・ハ・ジース
「クッ! 我をここまで押し退けるとは、流石はクレ・アの女王よ」
空中高くにまで飛ばされた大魔王ダグ・ア・ウォンは、なんとか魔法の閃光から脱出する。
真っ白な光線だけが、そのまま空の果てまで駆け上がって行った。
けれども、ダグ・ア・ウォンも無傷とは行かず、三叉の剣を持った腕以外の3本の腕を消失する。
「天空の魔法ラムシ・セ・ウォリアの直撃を受けて、あの程度のダメージとは……流石は海皇ですね」
空を見上げた王妃パルシィ・パエトリアも、同じ感想を吐露(とろ)した。
「ス、スゴい魔法だ。大魔王が、あんな空の彼方まで飛ばされるなんて」
「じゃがご主人サマよ。それでもダグ・ア・ウォンは、大したダメージを負っておらん」
舞人とルーシェリアも、空を見上げながら大魔王の動向を見守る。
「これでは、いささか不便ではあるな……フンッ!」
気合と共に、大魔王の背中が隆起し、失った3本の腕が再生した。
「では我も、かつて海皇と呼ばれた能力(ちから)を、見せてくれよう!」
三叉の剣をかざす、ダグ・ア・ウォン。
近くなった空に雲が渦を巻き、稲光が走った。
「大魔王が、またなにか仕掛けて来るよ!」
「仕方あるまい。ここは、妾が行くのじゃ」
破壊された闘技場の観客席から、漆黒の髪の少女が飛び立つ。
「ル、ルーシェリア!」
心配する舞人だったが、空を飛べない彼は追うコトが出来なかった。
「喰らうが良い。アトラ・ハ・ジース!」
黒雲が渦巻く空から、巨大な水の渦が地上へと伸び始める。
「ま、間に合わんのじゃ!」
コウモリの翼で、上空に目掛け飛び立ったルーシェリアだったが、大魔王の魔法の発動を抑えるコトは出来なかった。
「い、行かん。パルシィ・パエトリア様、お逃げ下さい」
ミノ・テリオス将軍が、王妃の細い手首を取り、鏡の中へと引き入れようとする。
「で、ですが、まだ民が大勢、残っております」
「残念ですが、全員は救えません。お許しを」
雷光の3将の筆頭は、強引に王妃を鏡の中へと引き入れた。
「うわあ、なんだ、なんだ、なんだ。空から水の渦巻きが、堕ちて来るぜ!?」
水浸しの観覧席で、声を荒げるティンギス。
「この島は、どれだけ天変地異が起きるんだ!」
「そんなコトより、急いで逃げねば」
レプティスとタプソスも、慌てふためいている。
「今からじゃ、間に合わないよ。ルスピナ!」
ウティカが、相棒の少女を見た。
「ま、任せて。メガラ・スキュレー!」
大魔導士リュオーネ・スー・ギルの高弟は、最高位クラスの水の精霊を召喚する。
「みんな、この中に逃げて!」
美しい少女の上半身と、6頭の犬の下半身から、12本の海龍の尻尾が長く伸びたデザインの水の精霊は、そのまま水のシェルターとなった。
「助かったぜ。みんな、さっさと逃げ込め!」
「りょ、了解した」
イオ・シルら12人の少女たちも、1斉に頷(うなず)くとシェルターに駆け込む。
「ホラ、アンタもさっさと来るんだ!」
呆然と空を見上げるミノ・テロぺ将軍に、避難を促(うなが)すレプティス。
「オ、オレは、王妃を助けねば」
「それはもう、アンタの同僚がやっている!」
タプソスが、強引に将軍をシェルター内に押し込んだ。
「ジェネティキャリパー……」
闘技場の観客席に残された舞人が、徐(おもむ)に剣を天に向ける。
「ボクは、この島に戦争を止めに来たんだ」
ゴタゴタと、歪な部品(パーツ)が寄せ集まったような剣は、内側から青い光を発した。
「それなのに、大勢の人が死んだ。ミノ・アステ将軍も、サタナトスに殺された」
やがて剣の本体からパーツが1つ1つ外れ、青白い剣身が出現する。
「サタナトス様は、クレ・アの軍隊を欲しておられた様だが、脆弱な人の軍隊など必要はあるまい!」
大魔王の放った水の渦巻きは、闘技場に到達しようとしていた。
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