マドルとハリカ
「警察の、刑事さんですね。お待ちしておりましたわ」
墓場のセットの舞台に現れた、美しい着物姿の少女が言った。
設定としては、街の和風な宿屋の2階にある広間であり、決して墓場などでは無い。
「貴女が、嗅俱螺 墓鈴架(かぐら ハリカ)さんですね?」
「はい。その通りにございます」
マドルの問いに、小さく頭を下げるハリカ。
彼女は、雪のような真っ白な髪を、頭の左右から長く垂らしている。
青い瞳に、白い肌の可憐な少女だった。
「我々を待っていたとは、どうしてですか?」
「刑事さん達に、色々とお伝えすべきコトがあるからです」
「我々に? それは一体、どう言う……」
「ハリカ、そうコトを急(せ)くモノではありません。刑事さんが方も、まずはお掛けになって」
ドームのステージに、少し年配の女性の声色(こわいろ)が響く。
「そうですな。では、失礼させて貰いますよ」
宿の和風テーブルの座布団に胡坐(あぐら)をかく、汗臭い警部の姿が浮かんだ。
「さて……早速ですが、ハリカさん。我々警察に伝えたいコトとは、何なのでしょうか?」
マドルが、問い質す。
「実を言うと、警察にでは無いのです。神於繰 魔恕瘤(かみおくり マドル)さん、貴女個人にお話して置きたかったのです」
「吾輩を、ご存じで?」
「はい、存じ上げております。貴女が解決された事件の1つに、わたしの知り合いもおりましたので」
ハリカは、言った。
「どうやら彼女は、吾輩が本来は探偵であるコトも、実は女であるコトも知っている様子だった。でもハリカさんは、それを周りに悟られない様、話を進めてくれてね」
観客たちは、ハリカが配慮のある性格だと言うコトを知る。
「それで、ハリカさん。コイツに話して置きたいコトって、なんだい?」
警部の野太い声が、ぶっきら棒に聞いた。
「はい。実は3日ほど前、竹崎弁護士から連絡があったのです。伊鵞 重蔵(いが じゅうぞう)氏の遺産の件で、話があると言って……」
「竹崎弁護士とは、以前からの知り合いだったのですか?」
「いえ。その電話が、始めてでした。わたしは、なんのコトだか解らなかったのですが、念のため母に話しました」
「実はこの子には、伊鵞との関係も、伝えてはいませんでしたから。驚くのも、無理のないコトです」
ハリカの母親である、嗅俱螺 藤美(かぐら ふじみ)の声が言った。
「そうじゃ。伊鵞などとは、疾(と)うの昔に縁を切ったのじゃからな」
咳にむせびながら、初老の嗅俱螺 蛇彌架(かぐら タミカ)の声が続く。
「みなさんに、伺います。伊鵞の館で起きた事件は、ご存じでしたか?」
マドルが、問いかけた。
「新聞などにも連日、大々的に取り上げられておりましたから」
「あの男に、天罰が堕ちたのじゃ。当然の報いぞ……ゴホッ、ゴホッ!」
「お婆さま、無理をされないで」
祖母の背中をさする仕草をする、ハリカ。
「それでハリカさん。貴女は、竹崎弁護士に会ったのでしょうか?」
「はい。連絡のあった次の日に、街の喫茶店で」
「その時は、わたくしも同伴致しました」
「ハリカさんと藤美さんが竹崎弁護士と会ったのは、今日から2日前と言うことになりますね?」
「それで、合っていると思います」
「竹崎弁護士は、お2人に何をお話されたのでしょうか?」
「伊鵞の遺産についてです。伊鵞の館で、遺産を受け継ぐ2人の少女が亡くなって、その他にも重蔵氏の遺産を受け継ぐ権利を持つ方々が、亡くなったと伺いました」
「それでこの子にまで、遺産を受け継ぐ権利が、巡って来たのだと。当初聞いたときは、俄(にわ)かには信じられませんでした」
ハリカに続き、藤美の声も言った。
「竹崎弁護士は、遺産の相続順などを1通り説明された上で、詳しい話は後日伺うと仰(おっしゃ)っておられました」
「それで竹崎弁護士は、嗅俱螺家を訪問されたのですか?」
「いえ。ですが、お寺の方からご遺体が見つかったのですから、家と間違えて本堂の方にお越し下さっていたのでは?」
藤美の声が、推測を立てる。
「それについてですが、お母さま」
「なんです、ハリカ?」
「わたし、見たのです」
「一体、何を見たと言うのです?」
娘に心配そうに問いかける、母親の声。
「昨日、お寺の本堂の前に立っている、黒いレインコートを着た男の姿をです」
嗅俱螺 墓鈴架は、凛とした顔で言った。
前へ | 目次 | 次へ |