悪夢の後半45分
スコアボードに8-1の数字が刻まれ、落ち込むボクたち。
サッカーと言うスポーツでは、圧倒的な点差だった。
「ケッ! ここまで点差を、付けられるとはよ!」
膝に両腕を当て、肩で息をする紅華さん。
「高校生と、プロで長年やって来た選手との、力の差……か」
「やはりそれは、否めませんね。ここまで、1方的な試合になってしまうとは……」
雪峰さんと柴芭さんですら、精神的に揺らいでいた。
「時計、見てみィ。まだ、35分も残ってはるわ」
「審判の人、今すぐホイッスル鳴らしてくれても、イイのにな」
立て続けに5点を奪われ、金刺さんも黒浪さんも、心を折られている。
どうして、こうなった?
前半が終わった時点で、まだまだ戦えると思ったのに……。
ボクは、後半から投入された2人の選手を見た。
託彗 昴流(たくす スバル)さんと、ヨシュア・エルローさん。
MIEの弱点だと思っていた攻撃的MFの2人は、攻守に渡って存在感を示し、ボクたちに対して絶望的な点差を築き上げた。
「MIEは、Ze1でも戦う気ね」
デッドエンド・ボーイズのベンチで、打つ手なしのメタボ監督がボヤいた。
ホイッスルが鳴らされ、もう何度目かのボクたちのボールで、キックオフがされる。
けれどもボールは繋がらず、あっさりとネロさんにカットされた。
「スバルとヨシュアが入って、ネロやスッラが守備に専念できるのも大きいですね。左のトラヤなどは、上がったままのポジションで居られる」
ネロさんからヨシュアさんを経由して、左サイドバックのトラヤさんにスルーパスが出される。
ヨシュアさんのパスは、ネロさんの出すパスよりも正確で、トラヤさんの足元にピタリと収まった。
「スゲェパスだな、ヨシュア。これなら、行けるぜッ!」
トラヤさんから、キレイなクロスが上がる。
すでにハットトリックを達成していたバルガさんが、大鷲(おおわし)のように悠然と宙に舞った。
「クッ、これ以上の失点は……」
「ダ、ダメだ。高すぎる!」
亜紗梨(あさり)さんと龍丸さんが付くも、バルガさんが頭1つ抜けていた。
デッドエンド・ボーイズのゴールネットが、揺らされる。
これで、9回目だ。
「ナイスクロスだ、トラヤ」
「容赦無いッスね、バルガさん」
チェニジア人ストライカーと、ハイタッチをするトラヤさん。
「オレは、得点王も狙ってるからよ。地域リーグじゃ、点を決めて当たり前だが、取れるときに取り貯めして置くのも、ストライカーの秘訣だぜ」
豪語するバルガさんだが、サッカー用語以外のフランス語は、伝わっていない様だった。
「また、キックオフかよ。もう、イイっての」
「サッカーって、こんなに詰まんなかったっけ?」
完全に意気消沈した、デッドエンド・ボーイズのメンバー。
「紅華も黒浪も、もう限界って感じですね」
「ここまで、点差が付いちゃね。仕方ないよ」
倉崎さんもセルディオス監督も、完全に諦めていた。
クソッ……まだだ。
まだ試合は、終わってない!
ボクは、2人の下げたボールを受け取ると、ドリブルを開始する。
ネロさん、スバルさん、スッラさんの陣取る中央を避け、トラヤさんの居る右のスペースを狙った。
「フフッ。一馬だけは、まだ諦めてないな」
「でもカイザも、黒浪のスピードを警戒してか、ラインを低く設定し直してるね」
ラインディフェンスを止め、ペナルティエリアの手前に並ぶ、カイザさんら3人のセンターバック。
「御剣 一馬……その気迫だけは認めるが、それだけで通用するホド、サッカーは甘くない」
カイザさんの統率の元、徐々に狭められるMIEのディフェンス包囲網。
前からはカイザさんが、横からはネロさんが、後ろからはスバルさんが迫っていた。
「ど、どうする……誰か、走っていてくれ……」
ボクはドリブルしながらも、出来る限り顔を振って辺りを確認する。
けれども、紅華さんも、黒浪さんも、金刺さんも、誰も居なかった。
「やはり、高校生か。後半45分は、体力的に限界の様だな」
カイザさんが、ボクからボールを奪い取る。
「ボールをくれ、カイザ!」
貪欲に、ボールを要求するスバルさん。
MIEの猛攻が、再び始まった。
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