ズル賢さ(マリーシア)
前半戦、ボクたちデッドエンド・ボーイズは、強豪フルミネスパーダMIEを相手に、1-3のスコアで終える。
終了間際に、煤季 鞍棲(すすき クラス)さんの、超ロングフリーキックで点差を広げられてしまったものの、2点のビハインドであればまだ戦えると思っていた。
「たった5分で、4点差……」
チームのみんなが感じている、圧倒的な力の差と言う高い壁。
普段なら、華麗なるドリブルで斬り込んで行く紅華さんが、あっさりとボールを奪われた。
「クッソ! MIEの弱点は、攻撃的MFの薄さじゃなかったのかよ!」
すでに紅華さんは、奪われたボールを追う気力さえ失っている。
「紅華、切り替えろ。これ以上、得点を与えるワケには行かない!」
雪峰さんが、ボールを奪った託彗 昴流(たくす スバル)の行き手を阻んだ。
「退け! そんな身体(フィジカル)で、オレを止められると思うな!」
けれどもスバルさんは、雪峰さんと競り合いながらも強引にドリブルを続ける。
「ここは、自分に任せるであります!」
杜都さんが、得意のタックルに行った。
「クッ……オワッ!」
スバルさんが激しく転倒し、2回、3回とグランドを転がる。
右足を抱え、激しく痛がるスバルさん。
『ピ――ッ!』
レフェリーが杜都さんに近寄り、イエローカードを提示した。
「ま、待って欲しいであります。今のプレイ、自分の脚はかかって無いであります!」
レフェリーに、必至にアピールする杜都さん。
けれども、判定が覆(くつがえ)るコトは無かった。
「完全な、ダイブ……演技(シミュレーション)ね」
ボクたちのベンチで、顔をしかめるセルディオス監督。
「相手に、イエローを出させるプレイですか。あのスバルと言う選手、姑息なコトをしますね」
倉崎さんも、苦言を呈(てい)す。
「あ、あの、ダイブとかシミュレーションって、どう言う意味ですか?」
新米マネージャーの、沙鳴ちゃんが質問した。
「今のプレイ、杜都の脚はかかってないね」
「えッ……でもあんなに、痛がってるじゃないですか?」
「痛がっている、フリをしているだけさ。ああやって審判の目を欺(あざむ)いて、イエローを出させたり、フリーキックを貰ったりする」
「エエッ!? アイツ、メッチャ卑怯ッ!」
沙鳴ちゃんの大きな声が、ベンチから聞こえて来る。
「ブラジルだと、ズル賢い(マリーシア)って言うね。アレも、サッカーの1部よ」
「あんなのが、許されちゃうんですか!」
「昔は、普通に許されていたが、最近ではサッカーもカメラ判定が導入されるなど、近代化が成されて来ている。ダイブをする選手も、減少傾向にあるが……」
「流石に地域リーグの2部ともなると、カメラ導入も厳しいね」
メタボ監督の視線は、フリーキックの準備をするヨシュアさんに向けられていた。
「この試合は、もう決まっています。どうして、ダイブなどするのです?」
ヨシュアさんが、隣に並んだスバルさんに話しかける。
「試合ってのは、サッカー選手にとっては戦場だ。使える手段は、全て使うのがオレの主義なんだよ」
ペナルティエリアの左斜め前、スバルさんがボールをセットした。
「なるホド。ですが貴方は姑息な手段を使わずとも、優れた能力を持っているではありませんか?」
「なんだよ、試合中に説教か?」
「まあ、そんなところです。少なくとも、シミュレーションはヨーロッパでは、評価されるコトはありませんから」
「なッ……オイッ!?」
慌てる、スバルさん。
ヨシュアさんは、すでにフリーキックを撃ってしまっていた。
「文句は、ありませんよね。これも、ズル賢さ(マリーシア)です」
華麗な弧を描いたヨシュアさんのフリーキックは、デッドエンド・ボーイズのゴール左隅に決まってしまっていた。
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