サッカーボールくらいのブラックホール
宇宙とは、とてつも無く広大な何もない空間だ。
よく地球の海は、まだ多くが謎に包まれ、宇宙と同じくらい未知の世界だと言う者が居る。
つくづく、愚かしい見解だと思った。
地球など、宇宙全体から見れば素粒子以下の小さな存在でしかなく、そんな地球の海と宇宙を比べ同じと言うコトに、1000年前のボクは激しい違和感と憤(いきどお)りを感じたのだ。
「宇宙斗艦長、ブリッジへ来ていただけますか?」
女性オペレーターの声が、ボクのボヤっとした頭に響く。
「わ……わかりました……今から、向かいます」
コキュートスと名付けられた、太陽系外縁天体を改造して造られた要塞の、居住区の1室。
ボクは、そこにあるベッドから起き上がった。
「やはりアレは、夢だったのか……」
自分の胸を確認するも、3姉妹に突き立てられた黒曜石のナイフによる傷は、何処にも見当たらない。
「なんだか、頭が冴えないな。あの後も、酷い悪夢を見ていた気がする」
ボクは着替えながら、続きがどんな悪夢だったか思い出そうとした。
「アレは確か地球で、ボクはゼーレシオンとなって、隕石を……」
意外にも、悪夢の内容をけっこう覚えている。
鮮明な映像まで思い浮かぶコトに、ボクは自分でも驚いた。
「まあ悪夢のコトなんて、どうだってイイさ。早く、ブリッジに行かないと」
ボクは慌てて、部屋を出る。
要塞(コキュートス)に停泊中の、宇宙戦艦に向かった。
巨大な戦艦プロセルピナは、鏡面状の船体にコキュートスの宇宙ドッグの、内部構造を映している。
「宇宙で見たときとは、また違った印象だな」
ボクは、冥府の女王の名を冠する戦艦を横目に見ながら、ブリッジに急いだ。
「宇宙斗艦長、起こしてしまいすまないね」
冥界降りの英雄バルザック・アイン大佐が、ボクに謝罪する。
「いえ。それより、なにかあったんですか?」
「モチロンだ。このコキュートスの向かう軌道の近くに、謎の重力源が発見されたのだ」
「重力源……星かなにかの、天体でしょうか?」
「確かに、未発見の小惑星の可能性もあったのだがね。違ったのだよ」
「それじゃあ……」
「ブラックホールだよ。規模としては、かなり小さいのだがね。観測をした結果、質量としては木星規模と判明した」
冥界降りの英雄は、言った。
「木星規模……木星の大きさは、目の当たりにしているので、小さいと言われると違和感もありますが、確かにブラックホールとしては小規模ですね」
「大きさは推測だが、サッカーボールからビーチボールくらいの大きさと、言ったところか」
「ボクも、そのくらいだと思います」
「木星と同じ質量の、サッカーボールですか。それでサッカーは、したくありませんねェ」
ブリッジに優男が、皮肉交じりに入って来る。
「わたしも同感だ。ビーチバレーにしても、もっと安全なボールがいくらでも存在するからね」
直球で返す、バルザック・アイン大佐。
「メルクリウスさんも、呼ばれたのですか?」
「ええ、そうなのですよ。小型のブラックホールが、太陽系の内部に存在していた……もし本当だとしたら、これはとてつもない発見ですよ」
いつに無く興奮気味の、メルクリウスさん。
「わたしもかつては、冥界降りの英雄などと呼ばれたモノだ。観測技術に関しては、それなりの自信を持っているつもりだがね」
「これは失敬。ボクとしたコトが、余りの発見につい取り乱してしまいました」
12神(ディー・コンセンテス)の1人に数えられた男が、素直に非を詫びた。
「重力源を発見……と言うコトは、ブラックホールは、目視で確認できたワケじゃ無いのですよね?」
「察しが良いな、宇宙斗艦長。その通りだ。ブラックホールの、超高密度による重力が引き起こす、時空の歪(ひずみ)を我々は捉えるコトに成功した」
ブリッジの、モニターを見上げる冥界降りの英雄。
そこには、コンピューターの計算によって導き出された、小さな小さなブラックホールが映っていた。
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