去り行く容疑者たち
「翌朝、山の天候も回復する見込みだったので、朱雀さんは亡くなった絮瑠(わたる)氏の遺体と対面すべく、警察の車で現地へと向かった」
マドルが説明を終えると、ドーム会場に警察車両のサイレンの音が鳴り響いた。
「それにしても、おかしな事件だね。事件の容疑者たちが、次々に館を去って行く」
「い、言われて見りゃあな」
警部の声が、答える。
「時系列で言えば、第1の事件の後に、会社の所用で次男の武瑠(たける)氏が館を離れ、次に亡くなった絮瑠(わたる)氏が勝手に山に向かったワケだね」
「そんでもって第2の殺人事件が発生し、翌日に長女の夫が会社の所用で離れ、今またこうして絮瑠(わたる)氏の妻である朱雀さんが、館を離れたコトになんな」
やはりマドルは、推理のためにある程度の間を取った。
「やっぱ、館を離れた人の中に犯人が居るのかなぁ?」
「だったら犯人は、逃げ延びたってコトにならねェか?」
「でもみんな、警察が付いてるんじゃなかった?」
「次男って、出張で上海(シャンハイ)なんだろ。逃げようと思えば、逃げられるんじゃね?」
「次男も怪しいケド、第2の殺人の時は館に居なかったのよ」
「オレは意外と、朱雀さんが怪しいって気がするな」
各々の推理を、考察し合う観客たち。
「ところで、警部」
「なんだ、マドル?」
ぶっきら棒な声が、答えた。
「長女に付いても、聞き込みを行いたいのだがね」
「そりゃあ、厳しいぜ。なんせ実の兄が、死んでんだからよ」
重蔵氏の長女にとっては、3男の絮瑠(わたる)氏は実兄に当たる。
「長女は、伊鵞 昴瑠(いが すばる)さんだったね。伊鵞の姓のままだってコトは……」
「ああ。夫の豊(ゆたか)さんが、養子に入るカタチでの結婚だそうだ」
「その豊氏が、会社の所用で出ている……」
「ああ。部下は2人付けてあって、1時間ごとに連絡は入れさせてるぜ。所用やトイレで離れるコトはあっても、怪しい動きは無いみてェだから安心しな」
「豊氏の会社ってのは、どんな会社なのかな?」
「なんでも、伊鵞財閥傘下のグループ企業で、いわゆる商社だそうだ。豊さんは、そこの営業部門の課長らしい。いわゆる、中間管理職ってヤツだな」
「なるホド。外せない所用があっても、おかしくは無さそうだね」
マドルは、言った。
「なんだ、お前。豊さんを、疑っているのか。ありゃあ、殺人なんて出来る男じゃ無いぜ」
「疑っているのは、容疑者全員だよ。伯父さんも、含めてね」
「オ、オイ、マドル!」
「アハハ、冗談だよ。ところで昴瑠さんは、館に残ったようだね」
「オレも、現場に向かうか聞いてみたんだがな。誰かが残った方がイイと、言われてな……」
「それじゃあ、聞き取りは可能だろう?」
「やはり随分と、落ち込まれていてな。オレが行ったときも、窓際で泣いておられたよ」
「警部は、女の涙に弱いのだね。女と言うのは、もっと強(したた)かな生き物だよ」
「オイ、マドル。何処へ行く?」
「決まっているだろう。昴瑠さんのへやだよ」
マドルの手の動きに合わせて、ドアをノックする効果音が鳴る。
「吾輩がノックをすると、しばらくして部屋のドアが開けられた。彼女は、長い亜麻色の髪をした美しい女性で、涙を流しながらも吾輩たちを部屋に招き入れてくれたのだよ」
マドルは、物語の舞台が昴瑠さん夫妻の部屋へ移ったコトを、暗に説明した。
「こんな時に、申し訳ございません。出来れば、事情聴取をしたいのですが」
「お、お前、マドル……!?」
「構いませんのよ、警部さん。わたくしは、兄が死んだコトなど、何とも思っておりませんから」
妖艶な女性の声が、会場の観客の耳に伝わった。
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