幼馴染みの夫婦
「吾輩が、館に到着して捜査を開始した日の翌日、突然の悲報が舞い込んで来た」
墓場のステージで、ステックをクルクルと回し歩き始めるマドル。
「警部。重蔵氏の3男である伊鵞 絮瑠(いが わたる)氏が、登山の最中に足を滑らせ、崖から転落して亡くなったとのコトです!」
声は若い男性のモノであり、警部の部下だと読み取れた。
「足を滑らせたときの、目撃情報はあるのかな?」
マドルが、問い質(ただ)す。
「イ、イエ。山岳本部からの報告に寄りますと、2名の登山客がすでに転落して動かなくなっていた絮瑠氏を、発見したとのコトです」
「どうした、マドル。まさか、これも殺人事件だと言うのではあるまいな?」
マドルの伯父の警部の声が、姪に伺いを立てた。
「可能性は、捨てきれないと言うだけだよ。誰かに後ろから、突き落とされた可能性だってある」
「だが今回の遺体は、首は狩られていないのだろう?」
「エ、エエ。遺体は、転落による傷や骨折が多くみられたものの、首が無くなっていたと言う報告は、受けておりません」
「ほらな。館で起きた2件の殺人事件は、いずれも少女たちの首が落とされ、無くなっている。絮瑠氏のは、偶然の事故じゃないか?」
「確かに、その可能性もある。だけど、偶然じゃない可能性だってあるんだ。何故なら首無し女の主(マスターデュラハン)なんて名前は、警察が勝手に付けた識別名(コードネーム)に過ぎないのだからね」
「犯人にしてみれば、毎回わかり易く首を狩ってやる必要もない……と言うワケか」
ここで、観客たちに考える時間が与えられる。
「ねえ、どう思う。絮瑠氏が転落したのって、やっぱ事故なのかな?」
「事件と事故の両面で捜査って、ヤツじゃね?」
「当たり前のコト、言わないでよ!」
この時点でも観客たちは、犯人が誰なのかすら予測が付いていない。
「キミはどう思う、名探偵?」
探偵気分で推理をしてしまったのが裏目に出て、久慈樹社長に嫌味を言われてしまうボク。
「そ、そうですね。絮瑠氏も重蔵氏の3男ですから、遺言状が無ければ遺産を受け取るコトが出来たんじゃ無いでしょうか」
「なるホド。今回の事件が、重蔵の遺産目当ての犯行なら、殺人事件の可能性も高いってワケか」
ボクたちは再び、ステージの続きに目を移した。
「報告を受けた吾輩は、伯父と共に絮瑠氏の妻である朱雀さんに、経緯(いきさつ)を伝えた。彼女は泣き崩れ、聴取すら出来ない状態だったよ」
哀し気な表情を浮かべる、マドル。
「彼女が、落ち着いて話せるようになるまでに、聞いて置きたいコトがあるんだ」
「ああ。彼女の経歴だな」
今回は警部も、直ぐに察したようだ。
「彼女は、旧姓を四陣(しじん)と言ってな」
「名家なのかい?」
「イヤ、館の近くの神社の娘だよ。子供の頃の絮瑠氏が、神社に遊びに行って知り合ったそうだぜ。神社は、彼女の兄夫婦が受け継いでるが、昔は巫女さんをやってたらしい。アレだけの、美人だ。絮瑠氏も、そこに惚(ほ)れ込んだのかもな」
「伯父が知っているのは、そこまでだった」
回想に1区切りを付ける、マドル。
「絮瑠氏の遺体との対面は、山の方の天候悪化もあって翌日とされた。もちろん彼女は、どんな悪天候でも行くと言い張ったケドね。その日、彼女の気持ちが落ち着いた頃合いを見計らって、吾輩と伯父は彼女の部屋で聞き取りを行ったんだ」
ギィッと、ドアの開く音がする。
「紅茶を淹れて来ました。どうぞ……」
1人演技のマドルが、ティーカップに紅茶を注ぐ仕草をした。
「……あ、ありがとう」
気力の無い女性の声が、ドーム会場のスピーカーから洩れた。
「旦那さん……絮瑠氏の事故については、お気の毒でした」
「まだ事故と断定するには、早急ですよ、警部」
チクリと釘を刺す、マドル。
「なんと言っていいのか……まだ、気持ちの整理がつかなくて」
「お気持ち、お察し致します。絮瑠氏は、ずいぶんと活発なお方だった様ですね」
「はい。彼は、家に居るコトが珍しいくらいの人で、いつも世界中を旅行して周っていました」
「お2人は、幼馴染みだった。子供の頃の絮瑠氏は、どんな性格だったのですか?」
「彼はよく、ウチの神社に1人で虫取りに来ていました。セミやらカブト虫やら、色々と。活発ではあっても、人付き合いは苦手な人でしたから。わたしもどちらかと言うと、そんな感じで……気が合ったのでしょうね。彼が虫取りに夢中になっている姿を、幼いわたしはスケッチしていたんです」
「絵が、ご趣味なのですか?」
「ええ。彼の旅行に、わたしも同行するコトがあって、そんなときはいつも絵を……」
「絮瑠氏との想い出が甦ったのか、彼女は再び泣き崩れてしまってね。聞き取りは、中断せざるを得なくなったのだよ」
マドルは、神妙な面持ちをした。
前へ | 目次 | 次へ |