提示される聞き込み情報
「さて、吾輩が事件のあった現場に赴(おもむ)けたのは、翌日の昼過ぎだった」
マドルの話を聞き漏らすまいと、静まり返るドーム会場。
「その前に叔父の車の中で、事件のあらましの説明は受けていた吾輩は、伯父の部下の警部補として、男装して館に潜入するコトにしたのだよ」
ギィーッと、館の扉の開く効果音が鳴った。
「館には、事件の容疑者がおおむね集められていてね。ただ、重蔵の長女の夫だけは、どうしても外せない用事があるとかで、警察同伴の元、館を出ていた」
「……だとすると、館に残ってるのは、次男の妻と2人の娘たち」
「それに3男の妻と、長女になるのね?」
観客たちも、頭の中で館の様子を整理する。
「ここで、時系列を整理してみよう。重蔵氏の第1の遺言状が開封された夜、遺産を受け継ぐハズだったトアカさんの殺人事件が発生した」
「確かエントランスで、シャンデリアに潰された身体が発見されたのよね?」
「首は、まだ見つかって無いんだっけか?」
「でも、死因は絞殺だったと」
「翌日、警察の捜査が入ると同時に第2の遺言状の存在が明かされ、3日後に遺産を受ける権利を得た、サキカくんが館に到着する。当初は何事も無く1週間が経過したが、警察の警備が薄くなった途端、彼女は無残にも殺されてしまった……」
「サキカちゃん、大雨の日の夜に殺されたんだよな?」
「頭の無い死体が、真っ赤な血い染まった浴槽に、あったのよね」
「首無し女の主(マスターデュラハン)、恐ろし過ぎるぜ」
観客たちも、事件の凄惨さに恐怖を感じていた。
「首無し女の主の殺人は、重蔵氏の遺産を受け継ぐ権利を得た、2人の少女の命を次々に奪った。警察も、重蔵氏の遺産目当ての犯行と踏んで、犯人を重蔵氏の親類に絞って捜査を進めていたんだ」
「つまり、第1の殺人から第2の殺人まで、10日以上が経過していたと言うコトか」
久慈樹社長も、文句を言いながらも事件を推理している。
「ここで、事件の容疑者についても見て行こう」
事件の輪郭を、はっきりさせようとするマドル。
「まず、重蔵氏の次男夫婦だがよ。次男の会社は経営が悪化していて、重蔵以外からも多額の負債を抱えてんだ。重蔵氏の遺産を狙う動機は、十分にあると思ってる」
マドルの伯父であろう、警部の野太い声がドームのスピーカーから流れた。
「確かサキカくんは、次男と愛人の子だったのだよね?」
「ヤレヤレ、新聞に載っちまってたか。上海(シャンハイ)に出張で飛んでいた次男には、第2の殺人は無理だがよ。ヤツには娘が2人居てな。サキカちゃんは生前、かなりイジメられていたみたいだぜ」
「第1の殺人は次男の、第2の殺人は2人の娘のどちらか、あるいは両方の犯行……と言う可能性も、無くはないが」
「ああ。だけど第2の殺人に関しては、若い娘が刈り込みバサミで首を切断なんて、すると思うか?」
伯父の声が問うと、マドルが首を横に振る。
「3男については、どうなんだい?」
「それが、天衣無縫(てんいむほう)な性格の男でよ。サキカちゃんが館に来た時にゃ、姿をくらましていてな。妻に聞いたら山登りとかで、何人かの目撃情報があるぜ」
「その妻とは、どんな関係なのかな?」
「どうやら、幼馴染みらしくてな。気心の知れた、仲みてェだ」
「動機らしい動機は、見えてこないね。それで、長女夫婦に関しては?」
「伊鵞(いが)の関係者には珍しく、平凡なサラリーマンと言った感じの男でよ。気が小さくて真面目、上司の命令には逆らえない性格だな。お前の来る前に、どうしても外せない会社の仕事があるとかで、出て行ったぜ。ま、部下は付けたがな」
「長女に、関しては?」
「お前も、見ただろう。ミステリアスな雰囲気の、美人だぜ」
「ああ、見れば判る情報だ」
「そう、怒るなって。オレも館に泊まり込んでいるから、彼女とはケッコウ接してはいるがよ。心の内を、明かさねェって言うか。どうしてあんな平凡なサラリーマンと、結婚したのかも不思議だぜ」
「他には?」
「そうだな。死んだ妹とは、仲が良かったみてェだぜ」
「妹……と言うと、トアカさんの母親のコトだね?」
「ああ、そうだ。メイド長の話じゃ、妹夫妻が亡くなったときにゃ、心底打ちのめされたらしくてよ。遺児であるトアカさんのコトは、自分の子供のように可愛がっていたみてェだ」
「彼女たちに、子供は居なかったのか?」
「3年前に懐妊したらしいが……死産だったそうだ」
「そう……か」
マドルは、やり切れない表情を浮かべた。
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