雅楽の世界
雅楽とは、日本古来の音楽と、中国や朝鮮半島の音楽、果てはインドやベトナムの音楽を融合させ造られた、平安当時の最先端音楽だ。
「伝統音楽と言っても、洋楽に影響を受け進化した、JーPOPと同じじゃないか。日本人と言うヤツは、古来からやっているコトが変わらないのだな」
ボクが説明すると、久慈樹社長はそう感想を述べる。
歴史を紐(ひも)解けば、日本は漢字や仏教、茶道など、数多くの文化を海外から取り入れて来た。
古来、最先端の文化を持った中国やインドに憧れた日本人は、高度経済成長期には洋楽に憧れる。
多くの文化の影響を受けて、日本の音楽はカタチ造られて来た。
「では、次の演舞に参るぞ。ヒノワとシンクの2人舞い……納曾利(なそり)じゃ」
ヒカリが、フワリと身を翻してステージ中央を離れると、楽筝(がくそう)と呼ばれる琴を奏でていたヒノワと、琵琶(びわ)を担当していたシンクが現れる。
「NA・SO・RIは、ウチら2人が演じる、右方(高麗楽)の舞いだっちゃ」
茶色いショートヘアに、サフラン色の花飾りを付けたヒノワ。
「左方の蘭陵王と遂(つい)となる、2匹の龍の舞いなんだよ」
ヴェスタ色のユルふわ髪の、シンク。
2人は顔を、奇抜な蒼いお面で隠した。
面は眼をカッと見開いた形相をしていて、口からは4本の牙が上に向かって飛び出ている。
「今度のお面も、かなり不気味だよな」
「龍ってより、悪魔って感じの面だぜ」
「特撮に出てくる、敵キャラみたい」
様々な反応を見せる、観客たち。
現代で子供たちを喜ばせているヒーローのルーツも、案外この辺りにあるのかも知れないと思った。
曲はやはり、雅楽本来のゆっくりとした拍子から始まり、徐々にテンポをアップさせて行く。
ヒカリが替わって琵琶を奏でる中、ヒノワとシンクは息の合った龍の舞いを披露した。
「まるで、シンクロナイズドスイミングみたいじゃない?」
「ウン。2人の舞いがシンクロしてたり、鏡みたいな反転した動きだったりするよね」
双龍の舞いである納曾利は、シンクロの性質を持っている。
雅楽とは、時代を遥かに先取りした音楽だった。
「次なる演目は、神に奉納する神楽(かぐら)。舞いはなく、歌い手はキララじゃ」
軽やかにステージに上ったヒカリが、平安の気鳴楽器(きめいがっき)群で造られた、パイプオルガンを奏でる少女を紹介する。
「わたくし、キララが歌うのは、雅楽の原点とも言うべき神楽の1曲にございます」
艶のある黒髪の頭(こうべ)を下げる、キララ。
「神楽が、雅楽の原点なのか?」
「神楽は元々、日本神話の最高神である天照大御神(アマテラスおおみかみ)に、奉納する演舞だったんですよ」
「アマテラス……もしかすると、有名な天の岩戸のコトか?」
「はい。太陽神である天照が岩戸に隠れ、世界が闇に包まれたとき、女神の興味を引くために舞われたのが、神楽の起源とされていますね」
「曲名は、星の唄の吉吉利利(ききりり)より、……KIKI・RIRI」
平安雅(みやび)なパイプオルガンの音色と共に、キララの歌声が響き渡る。
「平安のパイプオルガンって、不思議な感じがしたケド、キレイな音色ね」
「雅楽ってプログレのロックバンドみたいだし、オーケストラっぽくもあるな」
「オレ、けっこう興味沸いたかも」
今までの、派手な舞いをメインとした曲とは対照的に、ゆっくりとしたテンポのバラード曲ではあったが、キララの歌唱力と演奏が観客を引き込んで行った。
「これで、かなりの時間が稼げたな」
久慈樹社長は、キララの曲よりも時間の経過を気にしている。
「2時限目……数学のテストの時間も、あと半分か」
ボクも、生徒たちの心配をしながら、ガラスの塔を見上げていた。
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