ジェイ・ナーズ
~時は、僅かに遡(さかのぼ)る~
アステ・リアが、サタナトスの手にかかるのと、ほぼ同時刻だった。
ミノ・テリオス将軍を討ったケイダンは、彼が守護していた迷宮を、王の間に向かってひた走る。
「これが、ラビ・リンス帝国の誇る要塞迷宮か。もうかなりの距離を走ったつもりが、まるで抜け出る出口が見い出せない」
ケイダンの視線は、手にした錆びた青銅色の石のような剣にあった。
「やはり、お前の能力が必要か。ミノ・リス王の居場所も判らぬのに、闇雲に飛ぶのも迂闊(ウカツ)と考えたのだが、致し方あるまい」
ケイダンは、刻影剣・バクウ・プラナティスを振り、時空に裂け目を造る。
「な、なにィ!?」
時空の裂け目から現れたのは、ケイダン自身だった。
「何処へ行くつもりだ、偽者め。キサマは、何者だ」
時空の裂け目を抜け出たもう1人のケイダンが、ケイダンに向かって襲い掛かる。
「そ、それは、こちらのセリフだ……」
ケイダンも剣を抜き、2振りのバクウ・プラナティスが斬り結んだ。
「ど、どうなっている。どうしてオレが、時空の狭間から現れた?」
自分自身を相手にして、疑問を解き明かせないケイダン。
2人のケイダンは、互いに1閃を放った後、別々の場所に着地する。
「偽者にしては、やるな。だが、剣の能力まではマネ出来まい」
ケイダンは、再びバクウ・プラナティスで時空を切り裂いた。
「な、なんだとォ!?」
新たな裂け目の中には、偽者とは違ったまた別のケイダンが立っている。
3人目のケイダンも、バクウ・プラナティスで襲い掛かって来た。
「ど、どうなっている。バクウ・プラナティスの能力が、おかしくなっているのか?」
2人のケイダンに相対しながら、次第に追い詰められる本物のケイダン。
「仕方あるまい!」
ケイダンは、魔王ケイオス・ブラッドの姿へと変化する。
長い黒髪はそのままに、腕や脚の外側は紫色の鱗で覆われ、頭には長い角が伸びていた。
「どうだ、これで……!?」
ケイオス・ブラッドは、驚愕(きょうがく)する。
今まで戦っていた2人のケイダンも、魔王の姿へと変化していたからだ。
「な、何が起こっていると言うのだ。これは、まるで鏡の中の自分と……」
そう言いかけて、ケイダンはあるコトに気付く。
彼は右手でバクウ・プラナティスを握っていたが、偽者のケイオス・ブラッドは2人とも左手で、錆びた青銅色の石のような剣を握っていたのだ。
「なるホドな。そう言うカラクリか!」
ケイダンは、バクウ・プラナティスを1閃する。
けれどもそれは、時空を切り裂く為のモノではなく、別のモノに向けられた1撃だった。
2体のケイオス・ブラッドの立つ空間が、鏡のようにひび割れる。
やがてケイダンの周囲全ての空間が、粉々に割れて砕け散った。
「キサマの仕業だったか、ミノ・テリオス将軍」
回廊の壁に背中を預ける、瀕死(ひんし)の男に視線を向ける、ケイオス・ブラッド。
彼は黄金の鎧を纏(まと)い、脇腹に重傷を負っていた。
「とっくに息絶えたと思っていたが、オレの1撃を僅かにかわしていたか」
「ある者の、助言があってな。そうでなかったら、お前の言う通り死んでいただろう」
ミノ・テリオス将軍は、鏡のような剣を抜き、石レンガの床に刺していた。
「オレを惑わせたのは、お前の剣の能力だな」
ピンク色に輝く目をした、ケイオス・ブラッド。
6枚のドラゴンの翼を広げ、瀕死の男に近づいて行く。
「そうだ。我が剣、ジェイ・ナーズの能力は、鏡。お前を、鏡の世界に閉じ込めたのだがな……」
「瀕死の身でありながら、このオレを僅かでも足止めしたのだ。大した能力だよ」
ケイオス・ブラッドは、ミノ・テリオス目掛けて剣を振った。
黄金の鎧の将軍は、鏡のように砕けて四散する。
「終わらんよ。まだ鏡の世界は、終わっていない」
「この期に及んで、まだオレを惑わす気か」
「ああ。このオレにも、守りたいモノが出来た。戦争しか知らなかった、このオレにな」
ケイオス・ブラッドの周りを埋め尽くす、無数の鏡。
全ての鏡に、ケイオス・ブラッドの姿が映っていた。
前へ | 目次 | 次へ |