ハート・ブレイカー
変わり果てたアステ・リアの遺体が残る部屋を出て、バルコニーから飛び立とうとするサタナトス。
「アンタ、強いな」
そこには、マントに身を隠した1人の男が居て、サタナトスに話しかけて来た。
「誰だよ、お前は。この迷宮の守衛には見えないし、盗賊か?」
男は頭をフードで覆い、守衛が着ていたマントや軽鎧も装備してはいない。
みすぼらしい革鎧に薄汚れた貫頭衣と、盗賊を名乗るのに相応しい身なりだった。
「オレは、いずれこの国の王となる男だ。アンタ、オレと手を組まねェか」
マントの男は、サタナトスと入れ替わるように部屋へと入って行くと、血に染まったシーツをつま先で跳ね上げる。
「雷光の3将の1角である、美貌の女将軍ミノ・アステも、こんな姿になっちまうとはな。それにしてもアンタ、大した強さだぜ」
血染めの床には、不気味な細胞がまだグニョグニョと蠢(うごめ)いていて、変化しなかったアステ・リアの残った部位を、喰らおうとしている最中だった。
「1部始終を見て置いて、なおも冷静で居られるんだ。腕に覚えがあるのか、肝(キモ)が据わっているのか、それとも……」
「ただの大バカ野郎……だろ。だいたい、どれも合ってるぜ」
男は、着ていたマントを脱ぎ捨てる。
「オレは、ティ・ゼウース。この島に、ミノ・リス王を討ちに来た」
美しい声で、名乗りを上げた少年。
アッシュブロンドの長髪が、日の光を浴びた大地や海によって巻き起こった、朝風に靡(なび)く。
ティ・ゼウースの片方の目は髪の毛で隠れ、もう片方の碧眼にサタナトスを映していた。
「ソイツは、困るな。ミノ・リス王は、ボクの部下になってもらう予定なんだ」
「だったら、オレが替わりになってやる。それで、どうだ?」
「アハハ。キミじゃ、ミノ・リス王の替わりは務まらないよ」
「務まるか、務まらないか、試してみてくれ」
余裕の笑みを浮かべる、ティ・ゼウース。
「面白い男だと思ったケド、やはり単なるバカか」
呆れ顔のサタナトスは、仕方なく魔晶剣プート・サタナティスを具現化させた。
「女将軍を、化け物の姿にしちまったのは、その剣の能力か?」
「そうだよ。正確には、この剣の本来の能力じゃない。ある経緯(いきさつ)で、本来の能力を完全には取り戻せていないのさ」
「ソイツは、残念だ。だがオレの剣も、まだ成長過程にある」
ティ・ゼウースも、空間から1振りの剣を具現化させる。
「無銘の剣だが、あだ名は『ハート・ブレイカー』」
剣は真っ赤で、剣身に血管の動脈のようなモノが走っていて、ドクッドクッと脈打っていた。
鍔(つば)の部分は心臓のようになっていて、やはり脈打っている。
「オヤジは行商人だったが、どこぞの武器屋で掴まされて来やがった。気色悪いんで、捨てちまえって怒鳴り付けてやったんだが、大そう気に入ってやがった。もっとも、今は唯一の形見になっちまったがな……」
「まさかとは思うケド、剣だかどうかもわからないガラクタで、プート・サタナティスとやり合おうって言うんじゃないだろうね?」
「ま、最初はオレもそう思ったさ。実際、ガキのケンカにすら勝てねェ代物だったからよ。だが、ハート・ブレイカーは血を啜(すす)る」
ティ・ゼウースが、剣を横1文字(もんじ)に構えると、動脈の脈打つ剣先に、女将軍の身体だった肉片の細胞が、群がっていた。
やがてそれらは、剣身へと完全に吸収され消えて無くなる。
「へェ、面白いね、キミ……ティ・ゼウースと言ったか」
アッシュブロンドの少年に、サタナトスはやっと興味を示した。
「アンタの名は、サタナトスで良かったか?」
「ああ、それで合っている。それじゃ、ボクから行くよ!」
金髪の少年は、瞬時に前方へと踏み込んで間合いを詰める。
「ガハァッ!」
アメジスト色の剣身が、ティ・ゼウースを袈裟(けさ)斬りに切り裂いた。
アッシュブロンドの少年は、部屋の壁へと叩き付けられる。
「さあ。キミも、彼女と同じ運命を辿るがイイ」
ニヤリと微笑む、金髪の少年。
「フ……フフフ」
「なにがおかしい。キミも、肉片となって砕け散る運命にあるんだよ?」
「さて、ソイツァどうかな?」
ティ・ゼウースの負った傷跡は、既に回復しつつあった。
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