恋人たちの別れ
ローブ姿のミノ・テリオス将軍は、寝室に差し込む朝日を眺めていた。
彼のベッドには、シーツに包まった幼馴染みの女が眠っている。
「アステ・リア……」
女の美しい顔にかかった髪を、人差し指に絡み付かせる、ミノ・テリオス。
ミノ・アステの名を失ったばかりの幼馴染みの顔を、満足げに眺めていた。
「今日、キミは正式に名を失う。それにしても……」
彼の寝室は、街の中心にある砦の中に存在し、その砦は国の裁判所としても機能している。
将軍は、アステ・リアを残しテラスへと出た。
砦は3層構造になっており、最上階からは街を一望出来る。
朝日に照らされ目覚め始めた街は、まだ静かで人通りも少なかった。
「因幡 舞人。彼の言ったコトは、どこまでが真実と考えるべきか。だがもし真実であれば、ミノ・リス王に戦争の延期を提案せねばならぬ……」
部屋に戻った将軍は、就寝用のローブを脱ぎ捨てると、鍛え抜かれた身体に黄金の鎧を纏(まと)う。
マントを身に付け、眠っているアステ・リアの頬に口づけをすると、寝室を出た。
「まだ、誰も起きてはおらんのか。普段ならば、召使いが食事の用意をしているハズだが……」
不審に思いつつも、将軍はロビーへと続く階段を降りる。
まだ薄暗いロビーを抜けると、両開きの豪勢なドアがあった。
街へと続く玄関口とは別の、王を護る為の回廊へと続くドアを開ける。
「な、これはッ!?」
回廊に入った途端、ミノ・テリオス将軍は驚愕する。
回廊を護衛するハズの兵士たちが、血を流して倒れていた。
「お、お前たち、なにがあった!」
将軍は駆け寄って兵士を抱き起すが、返事は返って来ない。
「既に、事切れている……」
将軍は薄暗い回廊の先を歩くと、護衛の兵士たちがそこら中に倒れていた。
「な、何者にやられたと言うのだ。ミノ・テロペ将軍の言っていた、侵入者の仕業……ガハッ!?」
ミノ・テリオス将軍の口から、鮮血が迸る(ほとばしる)。
「ウッ……グウ」
ミノ・テリオス将軍の胸には、錆びた青銅色の石のような剣が突き刺さっていた。
傷口から石レンガ造りの回廊の床に、ポタポタと血が滴(したた)っている。
「残念だが、お前とは初体面だ」
将軍の背中に居た男が、答えた。
「キ、キサマ、いつの間に……グッ!」
首だけで後ろを振り返る、ミノ・テリオス将軍。
「武力にて、近隣諸国に覇を唱えるラビ・リンス帝国の、雷光の3将と呼ばれた将軍が、この程度とはな。拍子抜けも、甚(はなは)だしい」
長い黒髪の男は、背中から将軍に刺さっていた剣を引き抜く。
「グアアアァァッ!」
激痛による叫びと共に、ミノ・テリオス将軍は冷たい床に崩れ落ちた。
「アステ……リア……」
愛する者の名を告げた彼の、鮮血に染まった口はやがて動かなくなる。
やがて視界も、朧(おぼろ)げになって行った。
~その頃~
愛する者の胸に身を委ね、1夜を過ごした女将軍。
シーツは汗で湿り、酷くうなされている。
「……テ、テリオス!?」
跳ね起きる、アステ・リア。
荒い息遣いに、額から汗が零れ落ちる。
「ゆ、夢……か?」
彼女は、自分だけベッドに寝ていたコトを確認した。
「アイツめ、わたしを置いて行ったのか。それにしても、夢で良かった……」
自分に言い聞かせるように吐き出すと、ミノ・アステの名を失ったばかりの女は、シーツをドレスのように身に纏う。
「どうしたんだい、キミ。悪夢に、うなされていたようだが?」
聞き覚えの無い声が、女の耳に届いた。
「だ、誰だ、キサマは?」
シーツを胸の上で押さえ、振り返るアステ・リア。
そこにはテラスを背に、金髪の少年が立っていた。
「ボクは、サタナトス。残念だケド、キミの恋人じゃあ無いよ」
天使のような微笑みを浮かべる、サタナトス。
「キ、キサマが、サタナトスか。どうやら、あの者が言っていた言葉は、真実だったようだな」
警戒しながら、自分の武器である鞭になる剣の方へと、周り込もうとするアステ・リア。
「そんなオモチャで、ボクを倒せると思わない方が身のためだ」
「ほざけ。それよりアイ……、ミノ・テリオス将軍はどうした!」
何とか剣を手にし、サタナトスに剣先を向ける。
「ああ。ソイツなら既に、ケイダンがあの世に送っただろうよ」
金髪の少年は、再び無邪気に微笑んだ。
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