ゴールデン・シャワー
三重を代表するサーキットの真ん中に造られた、サッカー専用スタジアム。
蜃気楼の浮かぶアスファルトのレースコースが、スタジアムの真横を通っている。
駆け付けた大勢のMIEのサポーターたちが、チームカラーである赤と黒(ロッソネロ)のチェッカーフラグの旗を振り始めていた。
「これくらいのアウェーで、なに怖気(おじけ)づいてるね。ブラジルだったら、コーナーキック蹴ろうとしたらトイレットペーパー飛んで来るよ」
メタボな監督が言った。
「マジかよ。ブラジルのサポーターって、恐いな」
「紅華、他にも飛んで来るモノあるね」
「な、なんだよ。飛んでくるモノって?」
訝(いぶか)し気な顔をする、ピンク色のヘアのドリブラー。
「ブラジルのスタジアム、ビールや色んなアルコール、売られてるね。みんなそれ飲んで、贔屓(ひいき)のチームを応援するよ」
「アン。日本だっビールくらい、売られてんじゃねえか」
「ウン、そこは同じ。でもサッカーに対する熱狂度、まったく違うね」
「まあ確かに、ブラジル人は熱狂的だって聞くからな」
「ブラジルだと、近所でギャング同士の銃撃戦あっても、試合行われるね」
「オイオイ。そりゃいくらなんでも、中止にしなきゃマズいだろ?」
「ブラジルでサッカーの試合中止にしたら、さらに酷い暴動起こるよ」
「クレージー過ぎだろ、そんなの!」
話に割り込んで来た、黒浪さんが叫んだ。
「ブラジルでは、犯罪率も日本より高く、日本とは色々な面で常識が異なりますからね」
「強盗がATMをダイナマイトで爆破とか、テレビで見たであります」
柴芭さんと杜都さんも、話の輪に加わる。
「そんなブラジル人が、アルコール飲んで応援してるね。アルコール飲むと、なにが起きると思う?」
「さあな。飲んだコトねェから、知らねェよ」
「アルコールは、利尿作用が高い飲みモノだ、紅華。つまり……」
「ああ、なるホドな。ションベンしたくなるってコトか……ン?」
雪峰キャプテンの説明を聞き、首を傾(かし)げる紅華さん。
「どうしたんだ、ピンク頭?」
「イヤ、なんだか汚ねェ予感がしてな……」
「汚いって、なにがだ?」
「黒浪。アルコール飲んでもよおして来たら、どうするね?」
「そりゃあ、トイレ行くだろ」
「もしそれが、自分の贔屓(ひいき)のチームがゴール決めて、目が離せない場合だったら?」
「ガ、ガマンできればするし……」
「ガマン、ムリだったら?」
「ト、トイレ行くに、決まってんジャン!」
「ガマン、ムリ。でも手元に、ビール飲んで空になったコップあるよ?」
「あったら、どうし……って、ま、まま、まさかッ!?」
「開いたコップ、ビールと似た感じの液体で満たされるね」
「……」
もはや固まって、反論さえできない黒浪さん。
「もしそんな状態で、贔屓チームのエースがゴール決めたら、どうなるね?」
「ど、どうなるって、酔っぱらったオッサンどもが、アンモニア臭のする液体持って、応援してんだろ?」
「そうよ、紅華。ゴールデン・シャワーが、前の観客の頭に降り注ぐね」
ニコッと笑う、メタボ監督。
セルディオス監督の言う、『飛んで来るもの』とは、そう言うコトだった。
「さ、お喋りはここまでよ。みんな、アップを始めるね」
厳しい顔になって、手を叩きながら指示を出すセルディオス監督。
「みんな、まずはストレッチを兼ねたアップだ。その後は、シュート練習に移る」
監督の意向を受け、雪峰キャプテンが指示を飛ばす。
足上げや基本的なストレッチを1通り終えると、デッドエンド・ボーイズのメンバーはシュート練習に移行した。
みんなの顔に、緊張感や弱気な表情はもう見られない。
メタボ監督は、ブラジルからの土産話で、ボクらの緊張を解きほぐしたのだった。
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