アウェーの洗礼
「今日の観客動員は、1万4000人を超えるとのコトだ」
雪峰さんが、タブレットを確認しながら言った。
「さっきオレさま、テレビカメラも見つけたぜ」
「そりゃあ、これだけ豪勢なチームが出来るんだ。地元の局くらいは、来るだろうよ」
着替えをしながら、互いに得た情報を出し合う、黒浪さんと紅華さん。
「いいえ、紅華くん。地元の局だけでは、ありませんよ。日高グループの息がかかっていると言われる地上波のキー局や、ストリーミング放送の動画配信サービスも数社、呼んでいるみたいですね」
「マジかよ、柴芭」
「なんだかさあ。ウチが戦ってイイ、相手かよって気がしてきたぜ」
「ウチはホンマ、ローカルのサッカー教室に毛が生えたくらいやしな」
紅華さん、黒浪さん、金刺さんの3人のドリブラーも、気落ちしながらユニホームに着替えている。
「ハイハイ。弱気な言葉は、それまでね」
セルディオス監督が、手を叩きながら皆を制した。
「なんだよ。監督だって、さっき弱気だったジャンか」
「それは、さっきまでの話よ。今日の相手は、今までの相手とは比べものにならない強敵ね。そんな弱気でいたら、何点取られるかわからないよ」
「監督の言う通りだ、黒浪。まずは、メンタルで負けないようにしよう」
「監督。フルミネスパーダMIEのエースであるバルガ・ファン・ヴァールには、マンマークを着けて対処するのが良いと思うのですが」
雪峰さんがメンバーを鼓舞し、柴芭さんが戦術を監督に提案する。
「それは考えてたね、柴芭。でも、バイタルは開けたくないよ」
バイタルとは、バイタル(危険な)エリアのコトだ。
サッカーに置いては、ディフェンスラインとボランチの間のスペースを言う場合が多い。
「バルガ突撃兵のマークに、ボランチは使いたくないと言うコトでありますか」
「そうね、杜都。雪峰、柴芭とを合わせて、バイタルを抑える必要があるよ」
ホワイトボードで、布陣を確認しながら戦術を説明する、メタボ監督。
「だったら答えは、1つしかねェじゃないかよ」
紅華さんが、ボクを見ていた。
「一馬、バルガのマークを任せるよ」
監督、直々の指名。
いつに無く、真面目な顔をしている。
「……はい」
ボクは、相当な小声と共に頷(うなず)いた。
「皆さま、試合1時間前となりました。ピッチでの練習や、ウォーミングアップが可能となっておりますので、お使い下さい」
全員がユニホームに着替え終わった頃、阿栗さんが戻って来てドアをノックする。
「よし、みんな行くぞ。大勢の観客の前で、恥ずかしい試合はできん!」
雪峰キャプテンが、メンバーに気合を入れた。
「おう、そりゃそうだな」
「オレさまも、気合入って来たぜ」
「ワイのドリブルがどんだけ通用するか、試してやんぜ」
3人のドリブラーは、それぞれの性格に合ったやる気を出す。
14000人の観客が収まるサッカー専用スタジアムに、ボクたちは入場した。
そこには、今までに見たことが無い光景が広がっている。
「ど、どわ。なんだ、こりゃ。スタジアムが、もうイッパイじゃねェか!?」
「フルミネスパーダMIEのサポーターで、スタジアムが埋まってるぞ!」
「ど、どないせいっちゅうねん、こりゃ」
3人のドリブラーのやる気が、1瞬で消し飛んだ。
「雪峰よ。ウチのサポーターは来てるのか?」
「イヤ、来ているワケが無いだろう」
紅華さんの嫌味に、真顔で答える雪峰キャプテン。
モータースポーツの着順掲示板のようにデザインされた電光掲示板の下には、フルミネスパーダMIEのサポーターが陣取り、互いに応援のやり方を確認している。
「これが、敵陣で戦うと言うコトでありますか」
「ボクも、これだけのアウェーは経験してませんね」
「ああ。これは……」
アウェーの雰囲気に圧倒されてしまっている、杜都さん、柴芭さん、雪峰さんの3人のボランチ。
ボクたちは、完全アウェーの地に居た。
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