残された娘たち
戦争の神アレスの、妹や妻とされることもある、エリス。
不和と争いの女神である彼女は、黄金のリンゴ1つで3人の女神を争わせ、古代ギリシャのミュケーネ文明とトロイアの間に戦争を巻き起す。
「エリスは、人類が宇宙に進出した後も、戦争を巻き起こす火種になっているのか……」
空のグラスを眺めながら、ボクは思わず呟いた。
「艦長は、時の魔女を、エリスになぞらえているのですね」
「なるホド。時の魔女の性質は、エリスのそれと面白いくらいに一致する」
冥界降りの英雄も、納得する。
「それにしても、エリスの軌道に近づいただけで、ボクたちは時の魔女の奇襲を受けました。やはりエリスは、時の魔女の本拠地で合っていると思います」
「我々の存在を認知し、向こうから攻撃してきたと言うコトか」
「どうでしょうか。ボクは、なんとなく違和感を覚えますね」
「ホウ。では、メルクリウスの意見はどのようなモノか、聞くとしよう」
「1つの考えとして、我々が接触したのは哨戒(しょうかい)機と言う推察です」
「戦艦規模の大きさの哨戒機など、聞いたコトも無いぞ」
哨戒とは、簡単な言葉で言ってしまえば、パトロールや見回りのコトだ。
相手の陣地に乗り込んで情報を得る偵察とは違い、防衛のための任務である。
「一般常識からすればそうでしょうが、相手は時の魔女です。エリスの周りに、漆黒の海の魔女クラスの哨戒機を多数展開していても、おかしくはありません」
「では、我々が撃破したのは、哨戒機の1機に過ぎぬと言うコトか?」
「ええ、恐らくは」
「フムゥ。我々も、時の魔女の認識を、アップデートせねばならん様だ」
メルクリウスさんの見解を聞いた冥界降りの英雄は、スパークリングワインのボトルを一気に開けた。
ボクたちが、コキュートスのバーで酒瓶を傾けていた頃……。
地球では残された娘たちが、ボクたちの安否を心配していた。
「オヤジたちは、どこへ消えちまったんだよ!」
「アンタは、オヤジたちと一緒に、セノーテに潜ったんだろ?」
「どうなったか、解らねェのかよ?」
ショチケ・サントスの娘である、セシル、セレネ、セリス・ムラクモの3人が、プリズナーに激しく詰め寄る。
「あのなあ。こっちは、オメーらの救助を頼まれたんだよ。まったく、それが命の恩人に対する口の利き方か?」
機嫌を損ねたプリズナーも、鋭く応戦した。
「わ、悪かったよ。姉貴たちは、普段はやる気無いクセに……」
「身内のコトとなると、無計画に攻撃的になるからな」
「まずは今ある情報を、整理してみよう」
3姉妹の真ん中であるマクイ・サントスの娘である、マレナ、マイテ、マノラ・ムラクモの3人が提案をする。
彼女たちは、母親と同様に現実的な考えの持ち主だった。
「そう言えばオヤジには、アンタの他にも仲間が居たよな」
「ソイツらから、なにか聞き出せないか?」
「オヤジが地球に降りて来た経緯(いきさつ)くらいは、知ってるかもよ」
思い立ったが吉日な考えだったチピリ・サントスの娘である、シエラ、シリカ、シーヤ・ムラクモの3人の娘たち。
ワレ先にと、セノンたちの元へ駆けて行った。
「まったく、仕方のないコたちだねェ」
「だけどオヤジの仲間って、けっこう居たろ」
「アイツらだけじゃ、数が足りないんじゃないか?」
セシル、セレネ、セリスの3人は、妹たちとは別の情報源へと向かう。
「オイオイ。聞き込みなんざ、意味ねェぞ。大した情報も、持ってねェんだしよ」
「それに、地球に降下した助けをしたヤツらとは、連絡が取れているんだがな」
呆れ顔を見合わせる、プリズナーと、ドス・サントス。
「その、オヤジの地球降下を助けた人たちと、話をさせてくれないかい?」
「オヤジたちが消えた理由が、わかるかも知れない」
「なあ、頼むよ」
マレナ、マイテ、マノラの3人の少女たちは、自分たちの要求を強引に押し通した。
前へ | 目次 | 次へ |