ラノベブログDA王

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一千年間引き篭もり男・第08章・39話

宇宙(スペース)と空間(スペース)

 宇宙戦艦プロセルピナの、艦橋(ブリッジ)にある大型スクリーンに映し出された、半分が氷で覆われた小さな天体。

「宇宙ドッグ・コキュートスですか。確かコキュートスとは、ギリシャ神話に置いて冥府を流れる、嘆きの河の名称でしたよね?」
 メルクリウスさんが、言った。

「ギリシャ神話には、他にもステュクス河やアケローン河があり、地獄と言う意味ではタルタロスやベルセポリスなどもある。死んだあとの行き先には、困らないな」
 皮肉で返す、冥界降りの英雄。

 傷を負った宇宙戦艦は、コキュートスの宇宙港(スペースポート)へと入港する。
艦が固定され、ボクたちはプロセルピナを後にして、宇宙ドッグへと移った。

「ドッグの内部も、氷で覆われているんですね」
 ボクは、バルザック・アインに質問する。

「氷と言っても、メタンの氷だがね。コキュートスを移動させるための、燃料にもなっているんだ」
「やはり天然の天体を、利用しているのでしょうか?」
 続けザマに、メルクリウスさんが問いかけた。

「この太陽系外縁部には、小天体が無数に存在している。手ごろな大きさのモノを、ドッグに改造したのだよ。名称もモチロン、『冥王星に敬意を評し冥府に準ずるモノ』の規定に従ったまでだ」

 21世紀に決まった慣例に従い、名付けられた宇宙ドッグ。
メタンの氷は雪のように真っ白で、その中に熱を遮断する素材で作られた壁や床を設置して、通路や居住空間としていた。

「まるで、雪だるまの中に暮らしているみたいですね」
「その表現は、間違いじゃないな」
 ボクの感想に耳を傾ける、冥界降りの英雄。

 部屋を結ぶ廊下の床と天井の両脇には、青白いメタンの炎が並んで灯っている。
絶対零度に近い温度を、宇宙服を脱いでも居られる温度に温めているのだ。

「ボクの時代、家庭に供給されていたガスの主な成分は、メタンだった。また違った見方をすれば、巨大なガスタンクの中で暮らしているのと同じだな」

 ボクたちは真っ白な壁で覆われた、聖堂のような丸みを帯びた天井のリビングルームに入る。

「科学者たちは、宇宙に出れば無限のエネルギーが手に入ると、楽観的に考えてました。ですが宇宙(スペース)は、その名の通りなにも無い空間だったのです」

 入った右側がバーカウンターになっていて、初老のバーテンダーがグラスを磨いている。
彼の後ろには、煌びやかなボトルが宝石のように輝いていた。

「だが、実際の宇宙(スペース)は、その名の通りなにも無い空間(スペース)でね。メインベルトにある小惑星や微惑星、岩石の総質量も、地球や火星の質量には遠く及ばない」

「惑星が生成されなかたのですから、当然と言えば当然ですね」
 ボクたちは、カウンターでは無く小さなラウンドテーブルの席に座る。

 「けっきょく宇宙に出た人類に与えられたのは、半永久的に降り注ぐ太陽光と、わずかばかりの資源やエネルギーだけだったのですよ」
 メルクリウスさんが、注文した発泡ワインを氷のグラスに注ぎながら言った。

「もう1つ、あるじゃないですか?」
 ボクは、謎をかける。

「……と、言いますと?」
「他に得られたモノなど、あっただろうか?」
 メルクリウスさんも、バルザック館長も、少しの間考え込む。

「空間(スペース)ですよ。宇宙には、人類が利用するには広大過ぎる、空間があるじゃないですか」
 ボクが回答を示すと、2人はニコッと笑った。

「そう言えば旧世紀は、人類のほとんどが地球で暮らしていたのでしたね」
「ゆえに国同士の国境争いが起き、戦争が勃発していたのだったな」

 1000年後の人類の感想は、やはりボクの常識とはかけ離れていた。

「ですが戦争は、今の時代でも発生してます」
「木星圏でのアレは、企業国家間の紛争だよ。無人の兵器同士が戦う、いわばデモンストレーションのようなモノだ」

「いいですか、宇宙斗艦長。この時代に置いて戦争は、ほぼ無くなりつつあったのです。唯一の、例外を除いて……」
 メルクリウスさんが、自分のモノとは別の発泡酒の黄金色のグラスを、ボクに向ける。

「唯一の例外が、『時の魔女』ですか」
 ボクはグラスを受け取って、ゆっくりと飲み干した。

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