実験的・観測的
1000年前の、あの日。
ボクは教室で、クワトロテールの少女が不良のチャラ男たちと言い争っているのを、真後ろの席から見ていた。
愚かにもボクは、その争いに首を突っ込んでしまい、校舎の屋上に呼び出されてボコボコにされる。
案の定と言うべきか、そうなるコトは予見できていた。
「あなたの傷……舐めさせて……」
屋上にやって来た、黒乃が言った。
彼女も、ボクをチャラ男が屋上に呼び出すトコを、予見していたのだろうか。
それとも、窓から屋上の様子がたまたま見えただけなのか。
「……ヘモグロビンの味がするわ」
彼女は、言った。
普通の女子高生には、似つかわしくないセリフだが、時澤 黒乃にとっては相応しい。
恐らく彼女は、自分の傷を舐めて、血の味を知っていたのだろう。
彼女の視点はどれも実験的であり、観察的であったからだ。
「キミはとんだ『エリス』だな……」
ボクは、言った。
彼女のクワトロテールから漂う、シャンプーの香りを今でも覚えている。
「時澤 黒乃……ボクは今、エリスに向かっているよ」
窓の外には、プラネタリウムのような星の海が広がっていた。
ボクは、冥界降りの英雄から宇宙戦艦プロセルピナに個室を与えられ、窓の外を眺めている。
「失礼します、宇宙斗艦長。入らせて貰っても、よろしいでしょうか?」
個室のインターフォンから、メルクリウスさんの声が響いた。
「ええ、どうぞ」
ボクは金髪の優男を部屋に招き入れると、部屋に備わっていた紅茶を差し出す。
「どうも。ボクはコーヒーよりも、こちらの方が好みなんですよ」
「そうでしたか。ですがどこで、栽培されたモノなんですかね」
「海王星のラグランジュポイントの、コロニー群でしょうか。人はまだあまり入っていませんが、アーキテクターが先行して入植しているのですよ」
「海王星は、極寒の惑星ですよね。それと同じ軌道で、紅茶が栽培できるモノなんですか?」
「微弱なれど、太陽光は届きますからね」
メルクリウスさんは、宇宙で栽培された紅茶を口に運んだ。
「太陽は、僅かな寿命しか持たない人類にとっては永久機関に等しく、自然の核融合炉からもたらされる太陽光は、無限のエネルギーと言って差し支えないでしょう」
「はい。ボクに時代でも、太陽光による発電とか始まっていましたよ」
「人類は、艦長の生まれた時代から、様々な困難を乗り越えて宇宙に進出し、多様な食物を栽培して来ました。そのもっともポピュラーなエネルギーが、太陽光だったのですよ」
「それは、予測通りですね」
「オヤオヤ、予測されてましたか。艦長も、宇宙や科学に造詣(ぞうけい)が深いようですが?」
「名前のせいでしょうか。自然と、興味を持っていたんです」
子供の頃、自分に自信を持てなかったボク。
それでも、親が与えてくれた『宇宙斗』と言う名前だけは、好きになれた。
「まさか実際に宇宙に来られるだなんて、夢にも思いませんでしたケド」
ボクも、宇宙産の紅茶を口に運ぶ。
「今回に関しては、その来かたが問題なんですよ。我々は、地球の旧北米大陸に居たハズです。それが時の魔女の手下によって、こんな太陽系外縁部にまで運ばれてしまったと言うワケですよ」
「ワープを経験するだなんて、それこそ思っても見ませんでした」
ボクがおどけて見せると、金髪の優男はヤレヤレと言った顔で残った紅茶を飲み干した。
「艦長は、このままエリスに向かって、時の魔女に勝てると思いますか?」
メルクリウスさんは、真剣な眼差しでボクを見ている。
「正直、勝てる気がしません。もっとも、エリスが本当に時の魔女の本拠地であって、時の魔女の部下が無数に居ると仮定すればの話ですが」
「火星の事変を鑑(かんが)みるに、無数に居ると仮定すべきでしょう」
「そうでしたね。火星では、クーヴァルヴァリア・カルデシア・デルカーダの乗る巨大サブスタンサーに率いられた、無数の立方体が出現しました」
「ええ。我々は巨大サブスタンサーをQ・vava(クヴァヴァ)、立方体をQ・vic(キュー・ビック)と命名したのですが、かの者らが火星から宇宙へと飛び去った方角も、エリスの現在の軌道と一致するのです」
「それじゃあクーリアも、エリスに向かったと!」
「確証は持てませんが、その可能性は高いかと」
優男の言葉に、ボクはしばらく言葉が出なかった。
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