人類史に残る英雄
宇宙斗とメルクリウスの飛ばされたのは、冥王星や海王星の軌道に近い、エッジワース・カイパーベルトの中の宙域だった。
また散乱円盤天体も、同様の軌道を通過するコトが有る。
散乱円盤天体とは、太陽にもっとも接近したとき=近日点と、太陽からもっとも離れたとき=遠日点の軌道距離の差が、極端に激しい天体の総称であり、近日点では30AU(1AU=地球と太陽の距離)に接近するモノもあるが、遠日点では100AU以上離れるモノも存在していた。
「なにが起こっている。あれホドの規模の重力球に、影響を与えうる力とは……」
とつぜん膨張し始めた巨大な黒いエネルギー球に、理解が及ばない謎のサブスタンサーのパイロット。
「心配は、要りませんよ。これは、ゼーレシオンの……」
救出されたハズのメルクリウスの方が、冷静になっていた。
ツィツィ・ミーメの生み出した黒い重力球は膨張を続け、肋骨のハサミをいくつも飲み込んで行く。
やがて重力崩壊を起こした超新星のごとく、破壊されて宇宙の漆黒の闇に飛び散った。
「ブリューナグ……重力には重力をと言うコトですよ」
テオ・フラストーのカメラアイの先には、ケツァルコアトル・ゼーレシオンの姿があった。
「あの重力球に、対抗できる力……か」
刃物のように鋭利なデザインのサブスタンサーも、宙空に舞うゼーレシオンの姿を捉える。
「宇宙斗艦長、ご無事でなによりです」
「メルクリウスさん、心配させて、みません。ところで、あの機体は敵ですか?」
宇宙斗の脳裏には、謎のサブスタンサーの映像が浮かんでいた。
「いえ。ボクたちを助けてくれた、機体ですよ。ですが、まだどこの誰が乗っているのかは、わかっていません」
テオ・フラストーも、漆黒の機体に首を向ける。
「さて……そろそろ名乗りを上げても、良さそうな頃だな」
漆黒の機体から、聞こえるダンディーな低い声。
すでにツィツィ・ミーメの姿は、どこにも無かった。
「オレの名は、バルザック・アインだ。かつては、大佐などと言う称号で呼ばれていたがね」
「バ、バルザック・アインですって?」
「ど、どうしたんです、メルクリウスさん。知った名前ですか?」
ボクは、その名前に聞き覚えがある気がした。
「覚えておられませんか。マーズが新たに任命した、ディー・コンセンテスの2人のメンバーの内の1人ですよ」
「アッ。そう言えば……」
とは言え、それくらいしか記憶にない。
「バルザック・アイン大佐。かつて、太陽系外縁天体の多くを直接調査し、人類史にその名を馳せた英雄です。任務中に、消息を絶ったハズなんですがね」
「残念ながら、わたしは生き残ってしまった。クルーや、多くのメンバーを失ってしまったがね。妻も、その時の襲撃で亡くしてしまったよ」
「貴方の奥方と言えば、コリー・アンダーソン中佐ではありませんか。彼女は、不治の病に冒されたと聞き及んだのですが?」
「有名になると言うのも、考えモノだな。確かにアイツは、不治の病に冒されていた。外縁宇宙の長い旅路で、放射線を浴び続けた影響なのかも知れない」
「ですが、直接の死の原因ではないと。それで、襲撃と言うのは……?」
メルクリウスさんの疑問は、ボクの疑問でもあった。
「時の魔女さ。正確には、その手下だがね」
人類史に残る英雄の口から、時の魔女と言うワードが発せられる。
「と、時の魔女……貴方は、時の魔女の襲撃を受けたのですか?」
「ああ、そうだ。時の魔女の襲撃に、我々は抗(あらが)う術(うすべ)を持たず、わたしの探査宇宙船も大破してしまった。サブスタンサーで迎撃に出たわたしは、ヤツに吹き飛ばされて気を失ってしまい、気付いたときには探査隊は全滅していたよ」
「時の魔女の配下と言うのは、ツィツィ・ミーメ……先ほどの機体とは、別の機体なのでしょうか?」
「ああ、宇宙斗艦長。この近くには、時の魔女の本拠地があるからな」
ボクの問いかけに、バルザック・アイン大佐は衝撃的な言葉を発した。
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