クノ・ススの宿屋
「1人、逃げたぞ。お前たちは、ヤツの後を追え!」
宿屋を取り囲んでいる兵士の10名ホドが、逃げたティ・ゼーウスを追跡するために駆けて行った。
「どうするよ。囲みが手薄になったし、突破するか?」
「突破したところで、船にも兵士が待ち構えてんだろ」
「船員たちだって、置いて行くワケにも行かんぞ」
ティンギス、レプティス、タプソスの3人の船長たちは、それぞれの船に部下の船員たちがおり、今は他の宿屋に散らばっている。
「ボクが、出頭するよ。これは、ボクの責任だから」
「それは、甘い考えじゃ。ヤツらが、それで許すハズがあるまい」
蒼き髪の勇者の考えを、否定するルーシェリア。
「お前たち、大人しくしろ!」
「やはり密告通り、居たな。蒼き髪の男」
「抵抗すれば、容赦なく殺す!」
舞人たちのいる部屋に、兵士たちが雪崩れ込んできて、槍や剣を突き付けた。
「面白い、人間どもじゃ。この妾を、殺すと言うのかえ」
ルーシェリアの紅い瞳が、妖しく輝く。
「グワッ、な、なんだ!?」
「か、身体が……急に!」
床にひれ伏す、兵士たち。
「ハル・ピュイアたちを海に沈めた、剣か!」
「やった、兵士たちの動きを封じ込めたぜ」
「今のウチに、とっととズラかろう」
「待って下さい。港には、軍艦もありました」
「そうじゃな。商船など、ひと溜りもなかろう」
船長たちを引き留める、舞人とルーシェリア。
「確かに、大砲なんざ喰らっちまったら、海の藻屑(もくず)だ」
「大洋に投げ出されたら、命はないからな」
「だ、だが、どうする?」
「出頭しましょう。ボクを、ミノ・リス王の元に案内して下さい」
舞人は、言った。
「お、愚かな。キサマのような小僧に、ミノ・リス王がお会いになられるワケがあるまい」
「キ、キサマらは牢獄に繋がれ、民衆の前で公開処刑されるのだ」
「公開処刑?」
「そ、そうだ。我がラビ・リンス帝国では、重罪者は闘技場にて処刑される」
「モ、モンスターに八つ裂きにされるサマを民衆に見せつけて、反逆者を出さぬようにな」
床にピタリと全身をくっつけた兵士たちは、重力に絶えながらなんとか言葉を紡ぎ出す。
「それじゃあ、その闘技場に案内して下さい」
「オ、オイ。なに考えてんだ、ボウズ!」
「わざわざ、殺されに行く気か?」
「モンスターなんかに、勝てっこないぞ」
「まあ、良いでは無いか。見世物になるのも、一興じゃ」
ルーシェリアが、イ・アンナを空間に納めると、兵士たちはやっと重力から解放された。
「では闘技場に、案内してください」
「な、なにを企んでいるのかは知らんが、まあイイ」
「望みとあらば、案内してやろう」
大勢の兵士たちに、連行される舞人たち。
宿屋の店主は、それを不安そうな顔で見送った。
誰も居なくなったハズの宿屋の部屋で、ベッドの下から2組みの可愛い目が覗く。
「ど、どうしよう、ルスピナ。みんな、連れてかれちゃった」
「わ、わかんないよ、ウティカ。どうしたらイイか……」
2人の少女はベッドの下から這い出ると、互いに抱き合った。
すると突然部屋に、宿屋の店主が入って来る。
「やはりお嬢ちゃんたちは、部屋に残っていたんだね」
「あ、あの、わたし達……」
「す、すみません。その……」
「心配しなくてイイよ。兵隊たちの横暴には、街の住人たちも苦々しく思っているんだ。通報したりなんか、しないさ」
怯える2人の少女に、店主は商売人とは別の笑顔を見せた。
「でも、わたし達が居ると、ご迷惑がかかるんじゃ?」
「そ、そうです。迷惑は、かけられません」
「礼儀正しいコたちだ。気に入った。お嬢ちゃんたちの主を助ける力はオジサンには無いが、お嬢ちゃんたちをかくまうくらいはできるさ」
それから宿屋の店主は、2人にクレ・ア島の少女が着ている民族衣装を用意する。
髪型なども変えさせて、宿屋の小間使いとしてしばらく雇うコトにした。
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