正義と誹謗中傷
黒いバラの花びらが重なり合ったデザインをした、72人のアイドルたち。
花びらの1枚1枚が、ギャルと呼ばれる女性が持ってるハンドバックみたいに黒光りしていて、隙間からはそのアイドルのイメージカラーが覗いている。
「キミが仰ぎ見ている彼女たちも、何らかの理由でこの世界から退場させられた少女たちさ」
久慈樹社長は、言った。
「正義ヅラしたクソ共の、くだらない正論によってね」
ミクが、続ける。
彼女の身体に巻き付いているヘビも、艶(つや)やかな真っ白いウロコをしていた。
「仕方ないさ。正論なんてのは実際のところ、人を攻撃するためにあるからね」
フウカの背中のドラゴンの翼も、赤いピカピカなウロコが輝いている。
「わたし達だって正論ぶつけて、アリスちゃんをいたぶってたものねェ」
鮮やかなネコとカエルの首に囲まれたミライが、ケラケラと笑った。
「アリスはそれでも、キミたちを悪くは言わなかったぞ」
天空ステージのアリスを見ると、やはり怯えている。
「学校に居たときから、あのコはそうだったわよ」
「だからイジメの対象に、なるんだろうね」
「今の世の中、誰だってイジメの対象になっちゃうケド」
「キミたちが、世間から酷い仕打ちを受けたのはわかる。だけどそれは、自分たちがまいた種でもあるだろう。アリスをイジメたりしなければ、キミたちが誹謗中傷されるコトも無かったハズだ」
ボクの声がマイクで拾われ、会場に拡散されるとブーイングが巻き起こった。
「ハッ、くだらない正論だぜ!」
「しょうもな。キレイ事、抜かしてんじゃねェよ!」
「とっとと、消え失せろ!」
観客たちは、ボクの言葉を不愉快に思ったのか、激しく否定する。
「アハハ、先生。これが、世界の答えよ」
「誰かが少しでも間違ったコトを言ったら、こうやって叩きまくるのさ」
「みんな誰かをイジメたくて、ウズウズしてるのよ」
ミク、フウカ、ミライの言葉に、会場は歓喜の声を上げた。
「この会場に集った彼らだって、どこかで誰かに文句を言われ、誹謗中傷されているさ」
「同時に誰かを誹謗中傷し、誰かの心を傷付けるのよ」
フウカとミライが、冷めた顔で吐き捨てる。
「誰だって、自分の正義ってヤツを持っているのよ。先生だって、自分の正義に反するヤツがいれば、ソイツを叩くでしょ?」
ミクの黄色い瞳が、ボクを問い質(ただ)した。
「そう……だな……」
否定は、できない。
ボクにも自分の正義があって、ボクの正義に反する久慈樹社長に、ずいぶんと反論していたのだから。
「人間である以上、仕方のないコトさ。だがネット社会が、それを加速させているんだ」
ボクの肩に腕をかけ、ユミアの方を見上げる久慈樹社長。
「インターネットが、人の悪意を加速させている……」
ボク自身も、薄っすらと感じていた感覚だった。
「先生、騙されないで。ネットは、悪いコトばかりじゃないわ。世界中のみんなと繋がりあえる、素晴らしいツールでもあるんだから」
必死に反論する、ユミア。
「そう言えばキミは、そうやってマークと結婚したのだったね」
「チョ、チョット、なに紛らわしい言い方してんのよ。ゲームの中の話でしょ!」
今度の反論は、会場の笑いを誘った。
真っ赤になったユミアの顔が、アップで映し出されるガラスの塔。
「さて、キミに質問だ。72人の冥府のアイドルたちの、名前の由来は話したね」
「ソロモン王に封じられた、72体の精霊……悪魔が由来でしょう」
ボクや社長、ミクやフウカたちの居るステージに、次々に舞い降りる黒バラの少女たち。
「では、キミの生徒でもある天空のアイドルについては、名前の由来は解るかい?」
久慈樹社長は、ボクを試すような目で見ていた。
「黄道の12星座……天空の12宮から、取られているんですよね」
ドームの周りに浮かぶ、12の空中ステージを見回しながら答える。
「やはりキミも、気付いていたか」
「もちろんですよ。だからボクは、天空教室と名付けたんです」
ボクはあのとき、彼女たちの名前から、天空教室と命名したのだ。
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