捕縛の手
「イテテ、もう少し優しくしてよ」
蒼い髪を片手で掻き上げながら、漆黒の髪の少女に傷口を手当てして貰っている、因幡 舞人。
「勇者が、甘ったれたことを言うで無いわ。元はと言えばご主人サマが、この者を助けるなどと言い出したせいで、こうなったのじゃぞ」
ルーシェリアの視線の先には、ベッドに横たわるティ・ゼーウスの姿があった。
「このような手配書まで、配られてました」
「蒼き髪をした者の情報を知らせれば、懸賞金を出す……ですって」
ウティカとルスピナが持った紙を読み上げると、一同の視線が舞人の頭に集中する。
「仕方ないだろ。ああやって助けなきゃ、この人殺されてたかも知れないんだ」
「まったく、お人好しじゃのォ。やはり、止めるべきじゃったか」
ルーシェリアが宿の窓から眼下を眺めると、狭い路地を衛兵らが駆けずり周っていた。
「こりゃ通報されンのは、時間の問題だぜ。この島じゃ無くたって、蒼い髪なんざ珍しいからよォ」
ティンギスが、貝殻の付いたドレッドヘアを掻きながらボヤく。
「とっとと、ズラかった方や良くねェか?」
「そうだぜ。船にまで辿りつけりゃあ、こっちのモンよ」
レプティスとタプソスも、逃亡を提案した。
「アレだけの衛兵が、出ておるのじゃ。港にも、手が周っておるじゃろうて。逃げようとする船があれば、真っ先に拿捕(だほ)されるのがオチじゃ」
「なんだか、あり得そうな話じゃねェかよ、オイ。オレたち、捕まっちまうのか!」
「落ち着けって、ティンギス。元はと言えば、このガキのやったコトだろうが」
「まさか王の暗殺を、企てるとはな。それにしたってコイツ、一体なに者なんだ?」
一同の視線が、今度は宿屋のベッドに眠る美少年の元に集中する。
「名前は、ティ・ゼーウス。ミノ・リス王の率いるラビ・リンス帝国に、戦争で負けた国の少年だよ」
「確か本人が、言っておったのじゃったな?」
「うん。帝国から毎年、大量の貢物を要求されていて、彼自身も貢物らしいんだ」
「戦後賠償と、言うヤツじゃな。人間の国では、戦争で侵略して拡大した領土を直接統治せずに、ある程度の自治権を与えて間接統治する場合があるのじゃろう?」
「直接統治しちまったら、戦争に負けた恨み辛(つら)みがあるだろうしな」
「傀儡(かいらい)の統治者でも作って、ソイツらに恨みを買ってもらうって寸法か」
「まったく、胸クソ悪い話だぜ」
ラビ・リンス帝国の悪行に、憤慨する3人の船長たち。
「で、でも、ルーシェリアさま」
「この方自身が貢物って、どう言う意味ですか?」
ウティカとルスピナが、恐る恐る伺いを立てた。
「この少年は、奴隷なんじゃよ。人間もときに、商品になりうるのじゃ」
ルーシェリアの言葉を聞いた2人の少女は、舞人の背中に隠れてしまう。
「ルーシェリア、脅かし過ぎだよ」
「スマンな、ウティカ、ルスピナ。それにしてもこの者、アレだけの傷がすでにほぼ完治してしまっておるぞ。昨夜など、とうてい助からんと思っておったのじゃが」
ティ・ゼウースの胸に刻まれていた傷は、それが本当にあったのかと疑うくらいに消えかかっていた。
「オイ、店主。この宿にたった今、蒼き髪をした少年が宿泊しているとの、通報があった」
「港の警備隊からも、目撃情報が上がっている。宿泊客を、検(あらた)めさせて貰うぞ」
宿の店主の返事も聞かぬまま、武装した兵士たちが上って来る。
「マ、マズいぜ。王の暗殺計画に加担したとあっちゃ、帝国じゃ無くたって死罪は免れねェ」
「窓からズラか……うわッ、窓の外まで衛兵だらけだぜ!」
「ク、クソッ。こうなったら、コイツを引き渡すしか……ああッ!?」
ティンギス、レプティス、タプソスの目には、ベッドから起き上がって逃亡を図る、ティ・ゼーウスの姿があった。
「ア、アイツ目を覚まして、逃げようとしてやがる!」
コーヒー色の肌の船長が、大きな声で叫ぶ。
「悪いな。オレは、こんなところで捕まるワケには、行かないんだ」
窓から宿屋の屋根を伝(つた)い、アッシュブロンドの少年は逃げて行った。
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