狂気の将軍
「貴方の腕なら、いずれ将軍にもなれましょう」
堅牢な城塞にある武骨な砦の窓から、白い月灯りが差し込み、黄金の鎧を着た砦の主を照らす。
「どうです、我が配下として働いてみませんか?」
眩(まばゆ)く輝く鎧の胸部には、星に雷があしらわれエンブレムが刻まれ、腰に佩(は)いだ剣の束にも同じ文様が入っていた。
ミノ・テロペ将軍は丁寧な物腰ではあったが、部下の死に対する哀れみが微塵(みじん)も無い。
「残念だが、ソイツは願い下げだ。オレはいずれ、王になる予定なんでな。誰かの下に付く気は、無い」
ティ・ゼーウスは、アッシュブロンドを掻き上げながら、断った。
「そうですか、残念です。我が剣『アーク・トゥルス』の、餌食となっていただきましょう」
ミノ・テロペ将軍が剣を抜くと、剣は騒々しい音を立てて重厚な本体を見せる。
「アンタのイメージには合わない、汚らしい剣だな」
ティ・ゼーウスの感想通り、剣は錆びて刃もキザギザに欠けていた。
「ギャハハ、そうかよ。どっちにしろ、テメーは死ぬから関係無ェぜ」
ミノ・テロペ将軍は、錆びた剣で斬りかかる。
「なんだ、コイ……グハッ!?」
ミノ・テロペ将軍の豹変ぶりに、驚くヒマも無く吹き飛ばされるティ・ゼーウス。
咄嗟(とっさ)に剣で防ごうとするも、剣ごと粉砕されてしまい、壁に叩き付けられた。
「あの野盗、ミノ・テロペ将軍に剣を抜かせちまった」
「将軍は普段は温厚なお方だが、1たび剣を抜くと、性格が一変するんだ」
「戦場ですら、敵味方構わずに斬りまくるのさ」
将軍の性質を理解する親衛隊たちは、階段から砦の地下へと避難する。
場には、壁にめり込んだティ・ゼーウスと、狂気の将軍だけが残された。
「ガ……ハッ……」
ボロボロと壁が崩れ落ち、落下するティ・ゼーウス。
その胸には、横一文字の大きな傷が刻まれていた。
「オレの剣を受けて、生きていやがるとは驚きだぜ。だが致命傷だ。死ぬ運命は、変えられんぞ」
ギザギザの剣を振り上げる、ミノ・テロペ将軍。
すると、ティ・ゼーウスのある変化に気付く。
「コイツ、傷が治り始めてやがる……!」
致命傷に思われた胸の傷が、見る見る癒え始めていた。
「まさかこの男、神の……グッ!?」
言いかけた将軍の身体が、重力で沈む。
「な、なんだ。身体が重てェ。コイツの、仲間の仕業か?」
急激な重力変化に耐えつつ、辺りを確認するミノ・テロペ将軍。
すると砦の内部に、黒い煙が立ち込めた。
「やはり、仲間が居やがったか。おのれッ!」
人の気配を感じた将軍が、当てずっぽうに剣を振るう。
「うわッ!」
剣撃は、全身にマントを纏(まと)った男のフードをかすめ、蒼い髪の毛が宙を舞った。
「チッ、かすっただけか。それにしてもこの煙幕、魔術的なモノだな」
あまりに黒い煙は、猛る将軍の視界を完全に遮る。
同時に、傷付いたティ・ゼーウスを助けるには、十分な持続時間であった。
「賊徒の気配が、遠ざかって行く。海にでも、飛び込んだか」
黄金の鎧を纏った将軍は、剣を鞘へと収める。
黒煙がやっと晴れ、砦の床には血だまりと、わずかな蒼い髪の毛が残されていた。
「もう出て来て、構いませんよ。残念ながら賊徒は、取り逃がしてしまいましたが」
丁寧な物言いに戻ったミノ・テロペ将軍の声を聴き、下階から上って来る親衛隊たち。
「お役に立てず、申しワケありません」
「賊徒は、一体何者だったのでしょうか?」
「わかりません。ですが……このミノ・テロペが剣を抜きながら、生きて逃げ伸びただけでも只者ではありませんよ」
砦の中央にある椅子に、腰をかける将軍。
「賊は、数名は居たようですな」
「最初の勇んでいたヤツも、これだけ血を流しながら生きていたとは、驚きですな」
「その血を、祭司か魔導機関に調べさせて下さい」
「なにか、気になるコトでも?」
「あるから、言っているのですよ」
「ハッ、申しワケございません!」
質問者は慌てて、血だまりの血液の採取を始めた。
「この蒼い髪も、賊徒のモノでしょうか?」
「ええ。ここまで蒼い髪は、珍しいです。街に賊の手配書を、まわして下さい」
「ハッ、了解致しました」
夜が明けると街のあちこちに、賊徒の特徴を書いた手配書が貼られる。
それは舞人たちを、戦慄させた。
前へ | 目次 | 次へ |