ミク・フウカ・ミライ
卯月 魅玖(うずき みく)。
ボクが教育実習で赴任した中学で、親しくしてくれた女子グループの中心的存在。
「SNS全盛のご時世に、アイドルなんてヘイトの溜まる職業を、正義ヅラしてなんてやってられないわ。だったら最初っから悪をさらけ出した方が、気楽でいいじゃない」
悪びれるどころか、悪のアイドルを公言してしまった。
けれども、会場からの反応はそれホド悪いモノではなく、ブーイング以上に大きく聞こえる賛同の声援。
「確かにわたしは、アイツをいじめたわ。どうせバレちゃうから言うケド、ウジウジした態度がムカついたのよ。女子の間じゃ、よく聞き話でしょ」
衣装に巻き付いた、リアルな白ヘビを撫でながら、観客席に問いかけるミク。
「まあ、普通のコトよね。あるある」
「え、そうなの。お前も、誰かイジメてたワケ?」
「ダッサ。イジメが無いなんて、マジで思ってたの?」
新米どころか、まだ教師のタマゴでしか無かった当時のボクは、彼女を始めとするグループの少女たちの、無邪気な笑顔の影に潜む悪意に気付くコトが出来なかった。
『さあ。7人の悪魔の2番目は、ベリアルをモチーフとする、花月 風香(かずき ふうか)』
『狡猾で残忍な悪魔とされるベリアルだけど、フウカはどんな子なのかしら。愉しみだわ』
サラマン・ドールの2人の解説が終わると、スポットライトが花月 風香の上に落ちる。
ライトパープルのクセ毛を指でいじりながら、伏せた目を開けるフウカ。
「ボクは、フウカ。悪魔となったコトだし、少しばかりキャラ作りをさせて貰うよ」
髪色と同じライトパープルの花びらをしたバラを、手品のように取り出した。
冥府のアイドルたちのコスチュームは、黒バラをモチーフにしているのは同じだが、それ以外に統一感は見当たらない。
「ボクは学校に通っていたに頃は、演劇部に居たんだ」
フウカは、黒に赤い網目の入った燕尾服の上半身に、下は黒いラップスカートだった。
背中にはドラゴンっぽい赤い羽根が生え、お尻までの長さのマントが生え際を覆っている。
「そこでは、男役を演じるコトが多くてね。麗しき少女たち、ボクがイジメてあげるよ」
ボーイッシュな容姿の、フウカ。
会場のそこかしこから、悲鳴にも似た女性客の黄色い歓声が巻き起こった。
『冥府のアイドル3人目は、バアルをモチーフにした由利 観礼(ゆり みらい)よ』
『バアルは元々、フェニキアなどで崇拝された神で、あのローマを恐れさせた名将ハンニバルの名の由来にもなっているわ』
歴史を背景にすれば、神や悪魔も歴史の重要なファクターだ。
ローマを恐怖に陥れた名将のせいで、後にローマでキリスト教が広がるにつれ、バアルは悪魔とされて行ったのだろう。
「わたしは、ミライだよ」
人差し指を振りながら、ウインクするミライ。
「ウチのオーナーったら、庶民っぽくなるから身内話はするなって言うのよね」
ミライは、カエルと猫のリアルな頭が、左右のショルダー部分に付いた奇抜な衣装を着ていた。
「世間からハブられてからのわたし達の苦労話は、ユークリッターの動画に上げるつもりだから、良かったら見に来てね」
背中からは、蜘蛛の脚が8本飛び出しており、それぞれが意志を持ったかのように動いている。
「ちゃっかり、動画の再生数稼ぎかよ。あざと可愛い系か」
「だけど世間からハブられたのって、自分らの責任じゃねェか」
「またお前は、そうやって正義ヅラする」
「あと先生、覚えてるかなァ。72人のアイドルの中には、わたし達のグループだったコも何人か居るんだよ」
ミライは、黄色い3段のフリルスカートを揺らしながら、ボクに言った。
「当時の顔と名前なら、一致すると思うよ。でもメイクをされてしまうと、流石に解らないかな」
ボクの目には、クスクスと笑う少女たちの姿が映っていた。
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