ミノ・テロペ将軍
クレ・ア島の東側半分を領するミノ・リス王は、ラビ・リンス帝国の名前の由来となった迷宮のような城塞の、奥深くに玉座を構えていた。
「これが、ウワサに名高い城塞ラビ・リンスか」
マントの男が、夜空に浮かぶ白い月を眺める。
「もう3つの兵士の詰め所を突破しているのに、王の居る寝室か玉座の間に近づいてんのかも解らねェ」
男の足元にはドス黒い血が滲み、その傍らには兵士たちの死体が転がっていた。
すると、月灯りに照らされた男のマントに、影が掛かる。
「侵入者とは、久しいな。ラビリンスの迷宮の恐ろしさが伝わって、進入しようと考える愚か者など、長らく現れなかったんだがよォ」
マントの男を覆った影の正体は、ハゲた頭の巨漢だった。
「へェ、アンタがミノ・ダウルス将軍直属の配下だってのは、まんざらウソじゃ無いみたいだな?」
マントの男が、吐き捨てる。
ハゲた巨漢は、黒に赤やオレンジで縁どられた鎧を着ていて、20人ホドの部下を引き連れていた。
「昼間は逃がしちまったが、まさかそっちからノコノコと、ラビ・ランスの罠ひ引っかかりに来てくれるとはな。探す手間が省けて、助かるぜ」
「剣山の落とし穴に毒の沼、マグマの流れ出る罠まであって飽きさせないよ、この迷宮は」
「なんせこの迷宮を作ったのは、かの有名な建築家にして発明家、ダエィ・ダルスだからよ」
「なるホド。確かに城壁も罠も、完璧な仕事だ。悪趣味ではあるがな」
「さて、お喋りはここまでだ。お前には、あの世に行ってもらうぜ。この……アッ!?」
巨漢の口が、開いたまま閉じなくなる。
兵士たちが見上げると、ハゲた男の顔の中央にサーベルが突き刺さっていた。
「昼間は、街中だから殺さなかっただけだ。お前のようなヤツが直属の部下とは、ミノ・ダウルス将軍も大したコト無いのかもな」
マントのフードを外す、ティ・ゼーウス。
巨漢の部下が襲い掛かって来たが、アッシュブロンドの少年は20人の兵士たちを、1分とかからずに斬り伏せる。
それからティ・ゼーウスは、兵士たちの骸(むくろ)から傷の少ない武具を奪うと、迷宮を駆け巡った。
「この砦は、今までのに比べればずいぶんと大きな」
今までのモノとは見違える巨大な黒い砦は、クレ・ア島の絶壁の海岸線沿いに聳(そび)えており、眼下に荒れ狂う海を見下ろすように建っている。
「ここに、ミノ・リス王が居るのか。あるいは……」
ティ・ゼーウスが砦に脚を踏み入れると、中はそれなりに豪奢な内装が施されていた。
赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれ、数名の護衛を左右に配した椅子には、眩(まばゆ)く輝く黄金の鎧を着た男が座っている。
「キサマが、ラビ・リンスを騒がす賊徒か?」
「アンタからすれば、そんなところだろうよ……ミノ・ダウルス将軍」
ティ・ゼーウスがそう返すと、護衛の兵士たちから失笑が漏れた。
「な、なんだ。なにが、おかしい?」
「フッ、わたしは、ミノ・ダウルス将軍では無いのだよ」
黄金の鎧の男が、無骨な椅子から立ち上がる。
「わたしは、ミノ・テロぺ。ミノ・ダウルス将軍から1軍を預かる、3将の1人だ」
黄金の兜は、右側にだけ巨大な角があって、左側は途中で折れていた。
兜からは、ヒスイ色の長い髪が伸びている。
「なんにしろ、ただの雑魚じゃ無さそうだな。まずはどれホドの腕前か、確かめてやる」
ティ・ゼーウスは小刀を投げるが、ミノ・テロぺは素手で弾き飛ばした。
「やるな。だが……」
小刀の後を追うように、剣による攻撃を仕掛けるアッシュブロンドの美少年。
「小賢しいマネを」
ミノ・テロペは、巨大な刃の付いたハルバートを取って、ティ・ゼーウスを剣ごと弾き飛ばす。
「クッ、手強い!」
追い打ちを仕掛けるミノ・テロぺに、防戦一方のティ・ゼーウス。
ミノ・テロぺの親衛隊らしき部下の1人が、とどめを刺そうと試みるが、返り討ちに遭った。
「コ、コイツ、よくも我が同僚を!」
「斬り刻んでくれる!」
仲間の死に憤(いきどお)る、他の親衛隊たち。
「我が配下を、いとも簡単に斬り伏せるとは、やはり中々の腕前です」
「アンタも、部下の仇を討ちたくなったってコトかい?」
「いいえ。このラビ・リンス帝国に置いては、強さこそが絶対の正義。弱き者が敗れて死んだとて、それは自明の理に過ぎませんよ」
部下の死体を前に、ミノ・テロペは言ってのけた。
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