レメゲトン
「さて、キミに質問だ。72と言う数字と、7と言う数字でキミはなにを連想する」
久慈樹社長がいきなり、クイズを出題した。
「冥府のアイドルの数と言うのは、大前提なんですよね」
「そう言うコトだ」
サラサラとした髪を掻き上げながら肯定する、若きオーナー。
「言葉の感じだと、72はソロモン王が使役した、72の悪霊の数と一致しますね」
「正解だよ。悪魔だとか精霊とも呼ばれるが、悪霊でもまあ合っているだろう」
翻訳に置いて、元の言葉を、その国のどの言葉に当てハメるかは、翻訳者のセンスにかかっている。
『I am』を訳すのに、ボクは、わたしは、オレは、ワシはなど、日本語の1人称のどれを使うのかは、翻訳者がその人物の雰囲気に合わせて決めるのだ。
「72人のアイドルたちは、それぞれが悪霊のキャラクターを持っていると言うコトでしょうか?」
「実際のレメゲトンの、ゴエティアに書かれているラインアップとは、多少変えているがね」
空を飛び回る、コウモリのような翼を持った少女たち。
コスチュームデザインは1人1人異なり、燃え盛るスプーンを持った少女や、ニワトリのようなフードを被った少女、中には六芒星を背負った少女まで居た。
「それでは7と言う数字はやはり、7つの大罪の悪魔でしょうか?」
「残念ながら、違うよ。アレは、誤訳に近い。本来は、原罪のような意味合いで、嫉妬や憤怒の感情は人間を死に至らしめると言った、戒めとして使われているようだ」
「7つの大罪じゃないとすると、他に7に結びつくモノ……7福神でも7第天使でもないし?」
思考に脳のリソースを割り振る、ボク。
「悪い悪い。意味なんて無いんだ。単に強そうな悪魔を7匹ホド、ピックアップしただけさ」
種明かしは、至ってシンプルだった。
「設定にこだわらない、アンタらしい思考ね」
天空ステージの1つから、ユミアが久慈樹社長を罵(ののし)る。
「ボクは、キミみたいなコアゲーマーじゃないんだ。それにレメゲトンを始めとしたグリモワール(魔導書)なんて、怪獣辞典と大して変わらんさ。その時代のアホどもが喜びそうな悪魔を、挿絵を付けて解説しているに過ぎないのだからね」
「まあ確かに悪魔のラインナップも、グリモワールによってバラバラだったりするわね」
あっさり納得してしまう、ユミア。
正直ボクには、久慈樹社長の言ってる内容もハードコアにしか聞こえなかった。
「アイドルと言えど、少女たちを悪魔にしてしまうのは、考えモノだと思ってしまうのですが……」
「偶像(アイドル)などは、キリスト教徒からすれば、悪魔(デーモン)で間違いないだろう?」
久慈樹社長の視線が、天空ステージのエリアに向けられる。
「そ、それは……」
口ごもる、我柔 絵梨唖(がにゅう えりあ)。
キリスト教の教会に生まれ、牧師を目指す少女としては答え辛いのだろう。
「人間の、首尾一貫しない価値観さ。ヤツらだって、ハロウィンのときには子供に悪魔の衣装を着せているだろうに」
久慈樹社長の皮肉は、的を得ていた。
「悪魔崇拝を謳うロックバンドもあれば、悪魔がマスコットキャラクターになってるサッカーチームだってありますからね」
「そう言うコトだ。むしろ堅苦しい天使より、ゲームやアニメに登場する回数も多いんじゃないか?」
「同類相哀れむって、ところかしら」
ユミアが天空っから、チクリと嫌味を投下する。
『いい加減、7人のアイドルの紹介を始めたいのだけれど』
『そろそろ移行して、構わないかしら?』
しびれを切らしたレアラとピオラが、ステージの進行を催促した。
「これは待たせてしまって、すまない。頼むよ」
久慈樹社長の謝罪と共に、ステージが再び暗くなる。
ボクたちの背後に聳(そび)えるガラスの塔が、ひと際輝きを増した。
『長らく、お待たせしたわね。冥府のアイドルの、主要な7人のアイドルを紹介するわ』
『まずは1人目、悪魔アスタロートをモチーフとする……』
2人のAIが紹介の言葉を紡(つむ)ぐ中、様々な色のスポットライトがドームの観客席を駆け巡る。
やがてそれは、ピンク色の長い髪の少女の上に重なった。
「わたしの名は、卯月 魅玖(うずき みく)ですわ」
彼女の黒いゴシックなアイドル衣装には、大きな白い蛇が巻き付いていた。
「悪のアイドルとして、忌々しい天空のアイドルを破滅させるために、今このステージに降臨したのよ」
アパートで再会したときとは打って変わった、芝居じみた台詞。
ドームに集った観客たちは、彼女の言葉に魅了され始めていた。
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