深い水の底
「しまった、身動きが……」
白い髪の束が、ゼーレシオンの腕や脚を拘束する。
頼みのフラガラッハも、振るえないのでは意味が無かった。
「どうするよ、メルクリウス。オレたちだって、接近したらヤバいぜ」
「手も足も出ないと言うのが、現状でしょうが……探ってみますか」
メルクリウスさんのテオ・フラストーが、両腕のガントレットのような小型装甲から光弾を撃ち出す。
光弾は、ツィツィ・ミーメの髪に当たると破裂し、何束かの髪を切断した。
「やったか」
「いいえ。艦長の娘さんの何人かは解放出来ましたが、その程度です。見て下さい」
「か、髪が、すでに再生されてやがる」
「伸びていると言った方が、正しいのかも知れません。ですが少なくとも、髪を痛めつける程度は出来ると言うコトです」
光弾を連続して発射する、テオ・フラストー。
テスカトリポカ・バル・クォーダが、解放された娘たちをすかさず救出する。
「人質の救出なんざ、柄じゃ無ェんだがよ」
「文句を言わないで下さい。少なくとも、艦長の援護にはなっているのですから」
古(いにしえ)の錬金術師の名を持つサブスタンサーを操りながら、メルクリウスさんが言った。
「娘たちを助けてくれて、感謝します……」
四肢の動きを封じられたゼーレシオンだったが、シールドはまだ束縛されていない。
「ブリューナグ!」
ボクの声に反応し、展開するシールド・パーツ。
ツィツィ・ミーメの髪が襲い来る前に、巨大な光の球を発生させた。
「水の中で、どうなる?」
光球は、高熱によって周りの水を急激に蒸発させ、大量の泡が発生する。
水底へと沈む光球は、ゼーレシオンに絡み付いていた髪を焼き無力化した。
「このままブリューナグを、時の魔女の手下にブチ当てる!」
髪の拘束が解除され自由を得た、ケツァルコアトル・ゼーレシオン。
ボクは巨大な光球を盾にして、水の底に潜むツィツィ・ミーメの元へと向かった。
「プリズナー。アナタは一旦、艦長の娘さんたちを連れて、地上に戻って下さい」
「テメーは、どうすんだよ」
「ボクは、艦長を援護します」
テスカトリポカ・バル・クォーダは、9人の娘たちを抱えたまま水面へと浮上する。
テオ・フラストーは、ゼーレシオンの斜め後方を追従した。
「ずいぶんと、深いですね。このセノーテは」
「そりゃそうでしょう。ここに暮らす人々が、生きて行けるだけの水が貯めてあるのですから」
違和感を感じつつも、ボクとメリクリウスさんは水底目掛けて潜航する。
赤いドレスを着た異形のアーキテクターは、深い闇を背負いながらボクたちを待ち構えている。
「けっこう潜っているのに、まだツィツィ・ミーメとの距離が縮まらない」
「確かに、おかしいですね。追撃を、中止しますか?」
「ええ、なんだかイヤな予感がします。一度、浮上して……!?」
そう言いかけて、ボクは絶句した。
「か、艦長。これは……」
メルクリウスさんも、異変に気付いている。
「星が、輝いている。辺り一面が、まるで宇宙みたいに」
自分でも、自分が言っているコトが信じられなかった。
ツィツィ・ミーメの背後にあった水底の闇には今、美しい星々が煌めいている。
セノーテの貯水槽の水中だったハズが、ゼーレシオンとテオ・フラストーは、宇宙空間としか思えない場所に浮かんでいた。
「どうなっているんだ。これは、幻覚なのか?」
「わ、解りません。幻覚の可能性も、考えられはしますが……」
「他に、可能性があるのですか?」
「ええ。あくまで憶測に過ぎませんが、俗に言う、ワープを使ったのではと思われます」
メルクリウスさんにしては珍しく、言葉に自信が感じられない。
「ワープ……ですか。確かにこれまで時の魔女の配下は、ワープによってボクたちの前に現れた。でも、ワープを使って逃げ去った機体は、ありませんでしたよ」
「ですが、掘削途中のセノーテ予定地で艦長たちが戦った機体は、無数の巨大ムカデをワープさせて来たのですよね」
「シュガールの、コトですか」
「ええ、そうです。今度の機体は、ボクたちをワープで宇宙に飛ばしたと、考えられなくは無いのです」
智謀の優男の示した可能性に、ボクは少なからず戦慄を覚えた。
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