72人のアイドル
黒いバラを思わせる衣装を纏(まと)った、3人の冥府のアイドルたち。
背中には黒い羽が生え、頭にも小さな角が生えている。
「卯月さんに、花月さん、由利さん。キミたちが、アリスをイジメていたってのは、本当か?」
ボクは、事実を確認した。
「ええ、本当よ。アイツ、なにをやるにもノロマで、ムカつくんだもの」
卯月 魅玖(うずき みく)が、悪びれる様子も無く答える。
ピンク色に染まった長い髪に、ブラウン系のシャドウのせいか普段よりキツい印象を受ける瞳。
メイクで女性は変わると言うけど、まさにそれを体現している感じだった。
「アリスも、自分のせいだと言っていたよ。だけど、ボクはそうは思わない」
「わたし達に非があったって、言いたいんだろうがね。だけどこっちは、アイツにチクられて人生終わってんだよ」
花月 風香(かずき ふうか)が、反論する。
ライトパープルのクセ毛のショートに、黄色いカラーコンタクトの瞳。
男装の麗人を思わせる彼女も、ボクには見せなった激しい部分をさらけ出した。
「冥府のアイドルなんてダサい名前も、あながち間違いじゃ無いのよね。わたし達もあの事件をすっぱ抜かれてから、リアルでもネットでも叩かれて学校にも家にも居場所がなくなってさ」
由利 観礼(ゆり みらい)が、自分たちの暗い過去を振り返る。
彼女は、真っ白な長い髪を頭の左右から前に垂らし、口紅はパール色をしていた。
彼女を含め、黒バラの衣装の隙間からは、髪と同じ色の下地が覗いている。
「だから3人で、あのアパートに住んでいたのか」
ボクは、道路の拡張工事で整地されてしまった、古びたアパートを思い出した。
「まあね。3人でワンルームを受け入れてくれたし、金銭的にも厳しかったから」
「まさかそこで、先生と再会するなんて、思ってもみなかったさ」
「でも、バイトも出来る年齢にもなったし、今はもう少しマシなところに住んでいるよ」
「コラコラ。アイドルが、あまり庶民的なコトを語るモノじゃない」
久慈樹社長に、注意を受ける3人のアイドル。
「とにかくわたし達は、世間的に一旦死んでいるのよ」
「天空からわたし達を見降ろしている、アイツのせいでね」
「だから久慈樹社長の、誘いに乗ったのよ」
3人の視線の先には、空中ステージで怯えるアリスの姿があった。
いきなり現れた、3人のアイドルに会場が騒(ざわ)めく。
ボクにしてみれば、卯月さんに、花月さん、由利さんは教育実習のときの最初の教え子であるワケだ。
けれども観客たちにとっては、誰も彼女たちの名前すら知らない状態だった。
「誰だよ、お前ら。オレらは、天空教室のアイドルを見に来たんだが?」
「さっきから聞いてりゃ、アリスちゃんイジメてたんか?」
「だったら、なに被害者ヅラしてんだ!」
広大なドームから湧き上がる、ブーイングの嵐。
天空教室のアイドルを目当てに集った人々の声は、ステージの3人に向けられる。
「あ~あ。どうするんですか、久慈樹社長」
「こうなるのも、解ってましたよね」
「それともこれも、計算ずくですか?」
社長の計画に乗った3人のアイドルから、久慈樹社長にクレームが入った。
「当然だろう。アイドルに疎いボクだって、アイドルオタク共にそれぞれ推しが居るコトくらいは、理解していた。ぽっと出のキミたちに、敵意(ヘイト)が向くのも計算済みだよ」
「つまりわたし達は、悪役(ヒール)ってコトですか?」
「真面目にわたし達を、アイドルとして売り出す気なんて無かったのですね」
「まあそんなコトだろうとは、思ってましたケド」
3人の黄色いネコのような瞳が、ユークリッドのオーナーへと向けられる。
「もちろん、売り出すつもりさ。今日のステージで、大々的にね」
ステージに聳(そび)えるガラスの塔から、他の冥府のアイドルたちも翼を広げ宙に舞った。
「彼女たちは、総勢で72人居る」
コウモリのような翼で、ドームの空を飛びかう少女たち。
「その中でも、エース級のアイドルが7人存在しているのさ」
ガラスの塔に浮かび上る、7人の少女たちの顔。
その中には、卯月さんに、花月さん、由利さんの顔もあった。
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