ツィツィ・ミーメ
「笑いごとじゃないんだ、プリズナー!」
魚のように怪鳥にくわえられたボクは、ボクを見て笑う男に怒っていた。
「そりゃ、すまねェな。ギャハハ」
「それで、なにがあったんです、宇宙斗艦長?」
プリズナーは笑ったままだったが、メルクリウスさんが真剣に答えてくれる。
「セノーテの貯水槽で娘たちと泳いでいたら、水底から白い髪の毛のようななにかが現れて、娘たちを引きずり込んだんだ」
「なんだ、そりゃ。アメリカの、B級ホラーか?」
「ふざけている場合ではありませんよ、プリズナー」
「わかってるよ。まったく時の魔女も、毎度芸が凝ってやがるぜ」
メルクリウスさんとプリズナーは、セノーテのショッピングモールから格納庫(ハンガー)へと走る。
ボクも助けてくれたケツァルに礼を言うと、2人の後を追った。
背中にケツァルの居ない、ゼーレシオンを起動させるボク。
プリズナーの駆るテスカトリポカ・バル・クォーダと、メルクリウスさんのテオ・フラストーも、格納庫から出撃していた。
「だがよ。キュクロプス・サブスタンサーのデカさで、セノーテの貯水槽には行けるのか?」
「サブスタンサー専用の、ハッチがあります。ドス・サントス氏のトラロックは無理でしょうが、キュクロプス級(クラス)なら問題はありません」
「待ってろ、可愛い娘たち。今、助けに行くぞ」
格納庫から、通ったコトの無い通路を経由して、セノーテの貯水槽に入るゼーレシオン。
後ろの2機のサブスタンサーも、続き入水する。
「残念だが、アンタの娘は引きずり込まれた後みてェだな」
プリズナーの言う通り、辺りに娘たちの姿は無かった。
「やはり、水底になにか居る。2人とも、気を付けて!」
ゼーレシオンの高感度センサーが、水底にある巨大な存在を感知する。
「ああ。だが相手の顔を拝まなきゃ、なにも始まんねぇだろ」
そう言い放ったドクロ顔のサブスタンサーが、セノーテの底へと潜航して行った。
「威力偵察(小規模な戦闘を行って敵の戦力を知る行為)と言うヤツですね。彼の言も、一理あります」
「ボクたちも向いましょう、メルクリウスさん」
娘たちの命を優先したかったボクも、プリズナーの決定を支持する。
「出やがったな。アレが艦長の言ってた、髪の毛の化け物か」
ヴァル・クォーダの骸骨の奥のセンサーアイが、敵の姿を捉えた。
「ボクは髪の毛しか見て無かったケド、どうやらアレが本体みたいだな」
ゼーレシオンの大きな瞳も、敵の姿を捕捉する。
「常軌を逸した、あのデザイン。やはり、時の魔女の下僕(しもべ)で、間違いないようですね」
貯水槽の蒼い水底に沈んだそれは、赤いドレスを着た女神のような姿をしていた。
顔に口らしきモノがあったが目は無く、白い髪が頭を中心五芒星のように広がっている。
「今度はなんて命名するよ、メルクリウス大使」
「そうですね。アステカの神から拝借するのであれば、ツィツィ・ミーメと言ったところでしょうか」
細い胴体に不釣り合いな巨大な赤いスカートは、花びらが幾重(いくえ)にも折り重なるように、徐々に膨れ上がっていた。
スカートからは、肋骨が交差して造られた下半身が長く伸び、蜷局(とぐろ)を捲いている。
「む、娘たちが!」
長く伸びた白い髪の先に、ボクの9人の娘たちが絡め取られていた。
「闇の女神ツィツィ・ミーメは、神話では多くの生贄を欲すると聞きます」
「人質にすら、する気は無いってコトか」
「待っていろ、今助けてやる」
セノーテの水の上を旋回していたケツァルが、自らが破壊した割れ目から水中に飛び込んで、ゼーレシオンの背中に合体する。
降下の勢いを受けたゼーレシオンは、かなりの勢いで潜航し、娘たちの居る場所まで接近出来た。
「フラガラッハッ!!」
全てを斬り裂く剣を、振り抜くゼーレシオン。
けれども、水の中では振る勢いは弱く、剣が到達する前に髪の毛がうねってかわされた。
「艦長、危険です」
「ウカツに、接近し過ぎだろうが!」
2人の指摘の通り、ゼーレシオンに絡み付く白い髪の毛。
いつの間にかゼーレシオンの四肢が、動きを奪われていた。
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