市場での騒動
「舞人さま、早く早く」
「あっちに、見たコトない大きな魚が、吊るしてあります」
活気のある市場(マーケット)を、2人の少女たちに手を引かれて、小走りに駆ける舞人。
「ウティカ、ルスピナ。そんなに走ったら、誰かにぶつかっちゃうだろ……うわッ!」
舞人の危惧は、直ぐに現実へと変わる。
ただし、誰かにぶつかったのは、真ん中を走っていた自分自身だった。
「オイ、兄ちゃん。痛ェじゃねェか。どこに目ェ付けて、走ってんだ!」
1人の巨漢が、激突した舞人を跳ね返した豊満な腹をポンポン叩きながら、毛の生えてない頭を真っ赤にして怒っている。
「す、すみません。ゴメンなさい」
「オレさまにぶつかっておいて、ゴメンで済むと思うか。オレさまは、かのミノ・ダウルス将軍直属の配下なんだぜ」
「ミノ……ダ?」
舞人は知らない名だったが、市場に居た周りの人々は、名前を聞いただけでその場を離れて行った。
「よそ者か、覚えて置きな。ダウルス将軍は、その勇猛さから近隣の諸国にすら名を轟かす猛将だ。ミノ・リス王の軍の象徴として君臨し、王から全軍の指揮権を預けられているお方よ!」
自らの主の名を挙げながら、舞人の顔に拳を入れる巨漢。
「もう1つ、良いコト教えといてやるよ。この国じゃ、力こそ絶対の正義。力のないヤツァ、強いヤツに媚びへつらって生きるしか 無いってのが、この国の掟だぜ!」
ヤシの実ほどの巨大な拳は、舞人の顔の右側全体にヒットする
「クッ……うわッ!」
そのまま力の加わる方向にステップを踏んで、ダメージを最小限に抑える舞人。
けれども舞人の転がった方向には、新鮮な魚を売る屋台があって、その前に置いてあったタルの中身をブチ捲けてしまった。
「ま、舞人さま。大丈夫ですか!」
「ああ、頬っぺたが腫れちゃってる!」
慌てて駆け寄る、ウティカとルスピナ。
「だ、大丈夫、なんとかね。それより、せっかくの魚がもったいないコトになっちゃってる」
立ち上がった蒼い髪の少年は、自分よりも散らばった魚の心配をしている。
市場に並んだ屋台の店主たちから、失笑が漏れた。
「ワケわかんねェ小僧だな。オレさまに、恥かかせやがって。もう一発、ブン殴って……イデッ!」
太った巨漢が舞人にもう1発、拳をお見舞いしようとした。
そのとき、どこからともなく石が飛んできて、タコ入道のような頭に直撃する。
「そのヘンにして置きなよ、オッサン。大の大人が、子供を相手に見っともねェだろ」
「だ、誰だ!」
キョロキョロと 、肉で首と一体化した頭を振る巨漢。
けれども、石を投げた人物を特定できていないのは、巨漢だけだった。
「オジサンの……」
「頭の上」
ウティカとルスピナが、巨漢の頭の上を指す。
「……な、なァにィィ!?」
ツルツルな頭の上に、全身をマントで隠した人物が立っていた。
「やっと気付いたか、肉ダルマ」
「テ、テメェ!」
両腕で捕まえようとする、巨漢。
「おっと。そんな動きで、オレが捕まえられるかよ!」
マントの人物は、屋台の天井をつたって、市場を囲む堤防の上に着地する。
潮風になびくマントの隙間から、鍛えられ整った筋肉が見え隠れしていた。
「こっの……待ちやがれ!」
巨漢は、マントの人物が立つ堤防に向け突進する。
けれどもマントの人物は軽々とそれをかわし、巨漢の男は果物の屋台に激突した。
「だから言ったろ。アンタに捕まる、オレじゃねェんだよ」
「い、言わせて置けばァ!」
巨漢の男はそのまま、逃げるマントの人物を追いかけ始め、舞人たちの前から居なくなる。
「行っちゃった。助かった……のかな?」
首を傾(かし)げる、舞人。
「ゴ、ゴメンなさい、舞人さま」
「わたし達が、はしゃいじゃったばかりに……」
「気にしなくて良いよ、ウティカ、ルスピナ。でも、これからは気を付けようか」
舞人は、2人の少女の頭を優しく撫でる。
「でも、あのマントの人は一体、誰だったんだろう」
疑問に思う舞人の視線の先には、もうマントの人物も巨漢の姿も無かった。
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