海底図書館
「もはや、人間としか思えないね。このコが、本当に重機構天使(メタリエル)なのかい?」
ヤホーネス王国が誇る大魔導士が、1人の少女を前に訝(いぶか)し気な顔を浮かべていた。
「ホントだよ、大魔導士サマ。なんでも、他の重機構天使の配下なんだって。ね、ダーリン」
緑色のショートヘアの少女が、蒼い髪の少年に目を向ける。
そこは蒼き髪の勇者に与えられた家の、小さな寝室だった。
「本当かい、因幡 舞人」
「はい、リュオーネさま。彼女は、天空都市でパレアナのソバに居た、トゥーラ・ンって言う女神みたいな重機構天使の配下で……」
「ココア色の肌も、プニプニしていてとても金属とは思えんな。それにこの髪……絹糸のような光沢のある髪が、枝毛もなく三つ編みにされておる」
問いかけて置きながらリュオーネは、舞人の方を一切見ずに、少女の容姿をひたすら確認している。
「あ、あの……リュオーネさま?」
「このコの名は、なんと言うんだい?」
「え、あ。パテラって名前に……でも、元の名はラ・サだそうです」
質問を質問で返され、慌てて答える舞人。
「ラ・サか。確か古い伝承にも、そんな名前があったね」
リュオーネが、マントの中から水晶玉を取り出した。
水晶玉が輝きながら、狭い部屋の天井付近まで登ると、その表面になにやら文字が浮かび上がる。
「うわ。なんだか読めない文字が、たくさん映ってるよ、ダーリン」
「ホントだ。リュオーネさま、これは一体?」
スプラ・トゥリーに触手を絡み付けられた、蒼き髪の少年が問いかけた。
「古代文字(エンシェント・リングァ)さ。わたしの研究所の本棚に並んでいる膨大な量の資料を、閉じ込めてあるんだよ」
「ええッ、本がこんな小さな球の中に?」
「本そのものでは無く、本の内容を情報として閉じ込めてあるのじゃろうな、スプラ」
狭い部屋のベッドに窮屈そうに座っていた、漆黒の髪の少女が説明する。
「流石は大魔王だね、ルーシェリア・アルバ・サタナーティア。その通りさ」
「元大魔王じゃ。今ははかない、人間の小娘よ」
ツンとソッポを向く、ルーシェリア。
「それより水晶玉には、なんて書いてあるんですか?」
「ただの昔話さ。かつての大戦争の折り、人間の大国を滅ぼした天使の名として、ラ・サの名前が記されているね。ただし、ラ・サ自体は固有名ではなく下級天使の通称で、何体も存在したようだよ」
「へえ、そうなんだ。だったらパテラって名前を付けたのも、正解だったのかな」
「ヤレヤレ、ご主人サマは短絡的じゃのォ」
ルーシェリアは、ため息を吐いた。
「ま、このような小さな部屋で四の五の言っておっても、ラチが明かんじゃろ」
「それもそうだケド、どこか他にイイ場所があるのか?」
「だったらダーリン、海底図書館に行こうよ。あそこだったら、もっとたくさん本や資料があるよ」
「実は、海底都市にやってきた理由の1つが、ソレだったりしてね。ま、カル・タギア秘蔵の知識だ。どれだけ閲覧許可が降りるかは、気になるところだがね」
スプラ・トゥリーの提案を採択した舞人たち一行は、海底図書館へと向かう。
「ああ、モチロン構わんぜ。リュオーネには、今後も世話になるだろうからよ」
大魔導士の心配は、バルガ王の1言で杞憂(きゆう)に終わった。
「ところでここが、カル・タギアの誇る海底図書館かい」
王の背後には、サザエのような巻貝を思わせる屋根をした巨大な図書館あり、建物の前では職員たちが、海水に浸かった本の天日干し作業をしている。
「ま、今はこんな状況だがよ。本の質についちゃあ、保証するぜ」
「ならばさっそく、案内してくれないかね。探求者としては、知識はなによりの好物なんだ」
「シドンも、似たようなコト言ってやがったな。いいぜ、リュオーネ」
舞人やリュオーネたち一行を、図書館の中へと招待するバルガ王。
幾何学的な内部には、背の高い本棚がいくつも並び、そこには多くの本が詰まっていた。
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