イジメっ子の正体
「ど、どうして、そんなコトになったんだ。ホントの犯罪者じゃないって、わかってたんだろ?」
ライオンのようなタテガミ金髪の少女が、ボクに問いかけた。
「そうだ、レノン。看守役の人間たちも、とうぜん犯人役の人たちがただの一般人だと理解していた」
「だったらなんで、虐待(ぎゃくたい)なんか始めちゃうんだよ。おかしくね」
「おかしいわね。でも、実際にそうなったのよ」
「な、なんで、そうなったんだよ、クララ」
レノンは次は、クラスメイトに問いかける。
「環境がそうさせた……って、ところかしらね」
「環境って、刑務所の中だったからってところか?」
「刑務所という特殊な環境も、確かに一因としてあるわ。でも、閉鎖された空間に大勢の人間が集められたってコトの方が、要因としては大きいでしょうね」
「そっかァ。閉鎖された……でもそんなの、学校だってそうジャン」
レノンは、期せずして核心を突いた言葉を言った。
「お前の言う通りだよ、レノン。学校はその箱モノ自体が、イジメを増長させる可能性があるんだ」
大勢の未熟な子供たちの通う、学校と呼ばれる閉鎖された空間。
イジメっ子とイジメられっ子が同居し、離れるコトを許されないその場所は、イジメを生むのに十分過ぎる条件が整っていた。
「他にもその実験では、看守役の人間に犯罪者役の人間を罰する権力を与えたのよ」
「ば、罰する権利って、まさか!」
「ええ、そのまさかよ。権力を持った看守役の人間たちは、犯罪者役の人間たちを虐(しいた)げ始めた。最初は悪ふざけのごっこ遊びだったモノが、やがて凄惨な暴力へと変わって行ったのよ」
「わ、わたしのときも、そんな感じだったのですゥ」
オドオドしたアリスが、小声で呟く。
「実際に、小さなイザコザがイジメへと発展するメカニズムなんて、そんなモノなんでしょうね」
ユミアが、アリスをギュッと抱きしめた。
「アリスをイジメたヤツらも、最初は軽い冗談みたいな感じだったのか?」
「はい。卯月さんも、花月さんも、由利さんも、みんな最初はイイ人でした」
アリスが、3人の名前を挙げる。
「え……アリス、今なんて言った?」
その全てが、ボクの知っている名前だった。
「ど、どうしたんですか、先生?」
「もう1度、3人の名前を言ってくれないか」
「わ、わかりました。卯月さん、花月さん、由利さんって名前です」
残念ながらアリスは、再びボクの知っている名前を羅列する。
「先生が、知っている人たちなの?」
「ああ、ユミア。3人とも、ボクが教育実習で行った中学の生徒たちだ」
「そ、そんな……」
ボクの教育者としての信念が、大きく揺らぐ。
耳を塞いで、逃げ出したいとすら思っていた。
「……偶然ではあるが、前に住んでいたアパートの同居人でもあったんだ」
まだ古びた木造のアパートに住んでいた頃、キアたちチョッキン・ナーの小さなライブに、彼女たち3人と行ったコトが思い出される。
「そう……ですか。わたしのせいで、迷惑かけちゃったからだと思います」
アリスが言った。
今にして思えば、高校生年代の少女たちが3人で、木造アパートの1室に同居していたコト自体が、おかしなコトだったのだ。
「卯月さんも、花月さんも、由利さんも、ボクの眼からは、明るくて前向きで、元気なイイ子たちに見えたが……」
「上から見るのと、下から見るのとでは景色が違うのと同じよ。とくに、女なんて生き物はね」
クララが、言った。
「そのコたち、タブンわたしも知っているわ」
「ユ、ユミアちゃんもですか?」
「ええ。エウクレイデス女学院の中等部に行ってた頃に、わたしも嫌がらせをされたわ。もっともわたしの場合、当時から有名だったから、そこまであからさまなイジメを受けるコトは無かったケドね」
「それ以前に貴女、ほとんど学校に通っていないでしょう?」
「うッ、うっさい。多少は行っていたわよ」
クララに反発する、ユミア。
「彼女たちは、イジメをするのか……」
「実験結果だって、そう示しているわ。イジメは、人類に刷り込まれた本能だって」
クララの言葉に、ボクは反論するコトが出来なかった。
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