真犯人
「別に、アナタの妹が犯人だなんて言ってませんよ。ただ、自殺の大きな要因の1つだったコトは、間違いありませんがね」
ロランさんが言った。
「壬帝 輝世嵐(みかど きせら)は、犯人じゃないっていうのか?」
「直接の原因じゃないって、意味ではね」
オリビさんの 問いに対し 、首を横に振る。
「では、誰が犯人だと言うのだ?」
かつて、世界を渡り歩いた日本サッカー界の至宝も、動揺を隠せないでいた。
「賀野 慈論(がの じろん)……姉のアンジェや、アナタの妹のキセラが出演していた、深夜バラエティ番組の、ディレクターだった人物です」
ロランさんは、アイドルが素性を隠して企業に派遣されると言う番組の内容を、壬帝オーナーにわかり易く説明する。
「残念ながら、聞いたコトは無いな。オレはバラエティなどに興味も無ければ、妹が出ていたからと言って見る時間もヒマも無かった」
「でしょうね。番組のスタッフなど、オーナーが覚えているハズもありませんから」
「気に入らない、言い方だな。オレはソイツと、会っていると?」
「ウチのチーム……と言っても、オレやオリビの居たチームのコトですが、そこにアンジェやキセラが、スタッフとして潜入する回があったんです」
「そう言えば1度、アイツに付き合わされたコトがあったな」
「はい。オーナーはその時に、賀野 慈論に会っています。当の本人が、そう証言してますからね」
「だが、顔すら覚えてもいないぞ。賀野と言う男は一体、なんの目的でオレに会ったんだ?」
組んだ両手の上に顔を乗せ、問いかける壬帝オーナー。
「ウチのサッカークラブを、日高グループに売りつけるためですよ」
ロランさんがそう言った後、しばらく会話が途切れた。
事務所の壁にかかった、時計の針が動く音まで聞える。
「ロ、ロラン、それは本当か」
「本当だ、オリビ。ウチは静岡県リーグで優勝こそしたが、財政面じゃヤバかったのは知ってるだろ」
「オーナー会社も本業の業績が悪化して、運営費を捻出するのにも苦労されてたからな」
「賀野は番組を通じて、オーナー会社の社長と知り合った。それで、ウチのチームを日高グループに売却するコトを思い付き、壬帝 輝世嵐(キセラ)に提案をしたんだ」
「なるホドな。妹を使って、オレに近づこうとしたのか」
脚を組み替え、ため息を吐き出す壬帝オーナー。
「アナタの妹も、大きな仕事に乗り気だったみたいですよ。自分が潜入した先のウチのチームが、日高グループに買収されるともなれば、世間の注目を浴びますからね」
「ちょっと待て、ロラン。そんな計画があったなんて、聞いて無いぞ。アイドルが潜入していたなんて、いつの話だ?」
「オレたちが、県大会の遠征に出ていた頃だよ。オレだって、姉貴に会ってもいない」
「選手たちが居ない間に、オーナー会社とその賀野って男との間で、秘密裏に計画が進められていたってコトか。日本の社会らしい、構図だね」
眉間にシワを寄せる、アルマさん。
「優勝の喜びも束の間、チームが買収されるコトを知ってオレは憤(いきどお)った。アイツらと一緒に、地域リーグでサッカーができると思っていたのに……」
「ああ。ボクとお前以外はみんな、チームから解雇されたからな」
ロランさんとオリビさんは、険しい表情を浮かべている。
「フン。経緯(いきさつ)は知らんが、プロのサッカークラブであれば買収も当然だ。企業買収など、サッカーに限らず行なわれているコトだ」
「でも、納得できるかは別の話でしょう。オレたちは、自由なパスサッカーで勝って来たのに、アナタの求めるサッカーは……」
「クラブのサッカースタイルを決めるのは、オーナーの仕事だ。オレのサッカーに適した選手を集め、オレの戦術に近い監督やスタッフを集める。お前らの元居たチームは、ただの基礎(ベース)に過ぎん」
壬帝オーナーは、ビジネスマンらしい台詞を言い放った。
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