あってはならないモノ
「あってはならないモノ……か」
クララの言葉を反復したボクの口から、ため息が漏れ出る。
「イジメは無いって、結論ありきの指標ってコトね」
栗毛の少女が、ボクに反抗するように言った。
「そう。教育関係の偉い人たちにとっては、イジメはあってはならないモノなのよ。だから、あってはならないハズのイジメは、徹底的に隠ぺいする」
「ええ、そんなの意味ないじゃん」
わかり易い感情を、素直に表現するレノン。
「そうね、レノン。でも、かつての学校教育は、イジメを隠ぺいして来たのよ」
クララの言う通り、旧来の日本教育の負の側面がそこにあった。
「ど、どうして、隠ぺいなんてしたんだよ?」
「上からの指示でしょ。イジメを失くせと、命令されたのよ」
「無くなってないジャン。ただ、隠しただけだろ」
「だから、そう言っているじゃない。でも少なくとも、隠ぺいすれば大勢の目からは、イジメが無くなってるのと同じに見えるわね」
クララの鋭利な瞳が、アリスを刺す。
「……そ、そうなのです。イジメは、あってはならないんです」
俯いたアリスが、震えていた。
「だからわたしは、存在しちゃダメな子だったんです」
「な、なに言ってるの、アリス。存在しちゃダメだなんて、誰が言ったのよ!」
「みんな、言ってました。パパも、ママも、友達もみんなです」
学校と言う空間は、ある意味残酷だ。
心がまだ未熟な子供たちは、その成長過程で互いに傷つけ合ってしまう。
加害者と被害者が生まれ、些細なコトでその立場も容易に逆転する。
「わたしの存在が、みんなを傷つけちゃってたんです。わたしさえ居なければ、みんな幸せで居られたのにって、言われて……」
「アリス!」
白いフワフワ髪の少女を、ユミアがギュッと抱きしめた。
「貴女も、彼女とお風呂に入っているんだから、気付いていたでしょう?」
「そうよ。気付いていたわ。見て、見ないフリしてた」
「な、なんのコトを、言っているんだ?」
その答えを、薄々勘付いてしまっているボク。
「アリスの身体の、無数の傷跡をよ」
それは予想していた答えだったし、聞きたくない答えでもあった。
「アリスの事件について、調べていたのよ。彼女は、両親ともに一流企業に勤務するエリートで、彼女自身もエリートの子息が通うコト有名な、私立の小学校に通っていた」
マスコミの卵であるクララが、容赦のないレポートを語り始める。
「それってアリスも、エリートってコト?」
「立場としては、そうなのでしょうね。でも彼女には、エリートとしての実力が伴わなかった」
「わたしは、落ちこぼれでした。勉強もスポーツも、なにをやってもダメダメで、みんなに迷惑ばかりかけていたのです」
ユミアに抱かれながら、過去を話し始める少女。
「クラスのみんなは、勉強もスポーツもできて、スゴい人たちばかりでした。わたしはそんなクラスで、3人のコたちがリーダーのグループに入っていたんです」
「そのコたちに、アリスは……」
「最初は、仲良くしてくれてたんです。でも、わたしがダメダメ過ぎて……」
ポロポロと、大粒の涙を流すアリス。
「彼女は、リーダー格の3人の少女を中心にしたグループから、イジメを受けるようになっていた。そしてイジメは、より凄惨で陰湿なモノへとエスカレートして行ったのよ」
「かつて、アメリカの刑務所で行われた、心理学の実験がある」
ボクはナゼかそれを思い出し、口走っていた。
「罪を犯したワケでもない一般の人間を、看守役と囚人役に分けて、本物の刑務所のように過ごさせた」
「そんなコトして、なにになるんだ。どっちもホントは一般人なんだから、なにも起きないんじゃね?」
「普通は、そう思うでしょうね。でも、実際に実験に参加した人間は、そうはならなかった」
実験結果を知っていたであろうクララが、ボクに視線を移す。
「看守役の人間は、徐々に横暴になって行き、囚人役の人間を本当に虐待し始めたんだ。やがてそれがエスカレートして行って、手が付けられなくなってしまい、実験は中止された」
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