ロランの帰還
倉崎さんが静岡に来てから、5日が経過していた。
今ボクは、空の彼方に浮かぶ雲を眺めながら、オリビさんの軽自動車で練習場へ向かっている。
「相変わらず無口だな、キミは。それにしても、よく練習に付いて来れてると感心するよ」
運転席に座った、オリビさんが言った。
「……は、はい」
頑張って、返事を返してみる。
正直、エトワールアンフィニーSHIZUOKAの練習メニューは、デッドエンド・ボーイズのそれと比べて遥かにハードできつかった。
「壬帝(みかど)オーナーの標ぼうするサッカーは、近代的なシステマチックなサッカーだ」
海沿いの道路を、潮風を受けながら走る軽自動車。
「それをピッチ上で表現するには、まずは基礎体力と体幹が求められるからね。器具を使った筋トレもあるが、バランス感覚を養うトレーニングも重視されているんだ」
オリビさんが言う通り、ボクがこなした練習メニューに、サッカーボールを使ったモノは無かった。
「ロランのヤツに言わせれば、くだらない練習なんだろうが……おっと、そろそろ着いたぞ」
中古の軽自動車は、真新しいアスファルトの駐車場へと入って行く。
「今日も、ハードな練習になりそうだ。イヴァンさんもあれ以降、練習に姿を見せなくなったが、部屋の中であんなメニューをこなしてるだけだと、正直気が滅入るよ」
オリビさんはそう言ったが、本心からでは無い気がした。
ボクもたった5日で、けっこう筋肉も付いた気がするし、体幹も良くなった気がする。
「よ、一馬……じゃなかった、ロラン。来てくれたか」
駐車場に停まった軽自動車のフロントガラスに、気さくな笑顔を浮かべたアルマさんの姿があった。
「今日も、ボクがキミのサポートをするよ。ヨロシクね」
「ヨ、ヨヨ……シク」
アルマさんは優しいお兄さんだが、まだ緊張して噛んでしまう。
アルマさんは現役の大学生で、サッカー選手でありながら、スポーツ医をも目指していた。
チームでも、本職のスポーツ医の助手として働いている。
ボクがロランさんになりすましているとバレないよう、ボクのサポートを買って出てくれていた。
「オリビ。今日もロランからは、連絡がないか」
「すみません、アルマさん。アイツ、向こうで姿をくらましてから、まったく連絡をよこさなくなったんですよ。どれだけみんなに、迷惑かけてるんだか」
そう、ボクのスマホにも、雪峰さんから連絡があって、ロランさんが名古屋のビジネスホテルから姿を消したと聞かされる。
「困ったモノだな。ウチのチーフも、彼との身体の数値の違いから、薄々気付き始めているんだ」
「そうですか。ですが例えバレてしまっても、アイツ自身の責任なんです。仕方ありませんよ」
ロランさんと子供の頃からサッカーをしてきた男は、寂しそうに呟(つぶや)きながら、軽自動車を降りた。
「悪かったな、オリビ」
ボクたちの背後からいきなり聞こえた、ボクとそっくりな声。
「ロ、ロラン!?」
振り向いた先に居たのは、名古屋で行方をくらませたハズの、詩咲 露欄(しざき ロラン)だった。
「……お前今まで、連絡もよこさずにどこへ行っていた!」
普段は冷静なオリビさんが、怒りを顕(あら)わにする。
「スマンな、オリビ。証拠を揃えるのに、ずいぶんと手間取ってしまってな。でも、事件の全容は見えて来たぜ。誰が犯人なのかもな」
ロランさんは、陽気な笑顔で言った。
「これだけ大勢の人間に迷惑をかけておいて、お前まだそんなコトを……」
「これだけ大勢に迷惑をかけたからこそ、事件を解決しなくちゃならないって思ったのさ」
向かい合い、睨み合う2人。
「まあまあ、2人とも。落ち着こうじゃないか。ロランも無事に帰ってきたコトだし、これでなんとかバレずに彼と……」
「フッ、なるホドな、アルマ。そう言うコトだったのか」
アルマさんの言葉を遮ったのは、壬帝 輝流(みかど シャル)オーナーだった。
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