シーリングファン
ディープブルーの水に満たされた、セノーテの底へと沈んでいくボク。
蒼い肌となったショチケ、マクイ、チピリが、柔らかい身体をボクに纏わり着かせて来る。
「ああ、いいわ」
「もっともっと、激しくして」
「こんなの、始めてェ」
もはや目を開けているのかすらも分からず、身体から伝わって来る3姉妹の温もりや情熱が、どこまで本物なのかも解らない。
耳に伝わる住人たちの奇声や、踏み鳴らされる足音も相まって、ボクの感情も激しく高揚して行った。
「こんなに気持ちいいのは、始めてだ。なんだ、この気持よさは……ショチケ、マクイ、チピリ」
ボクの狂った脳みそが、3姉妹の身体と溶けるように交じり合い、やがて1つに融合する。
「アアアッ!」
やがてボクの意識は頂点に達し、急速に冷めて真っ白な闇へと消えて行った。
どれくらいの時間が、流れたのだろう……。
カラカラとした音が、耳元に聞こえる。
「……じ……ちゃん……ですか」
誰かが、必死にボクのコトを呼んでいた。
誰かなんて、すぐに分かる。
ボクをおじいちゃんなどと呼ぶのは、1人しか思い浮かばないからだ。
「ン……セノンか。ここは……?」
「おじいちゃん、だいじょうぶですか。おじいちゃんったらドス・サントスさんとの交渉に行って、いきなり倒れちゃったんですよ。覚えてます?」
「ど、どうだろうな。まだちょっと、気分が悪くて……」
やはり栗毛の髪の女の子の顔が、そこにあった。
セノンはまるで役割かのように、ボクを起こしてくれる。
「まったく、部屋に入ったとたんにぶっ倒れちまうんだからよ。驚いたぜ」
「恐らく、長旅の疲れが貯まっていたんでしょうねェ」
プリズナーとメリクリウスさんが、キャラメル色のソファーに座りながら言った。
ソファーの前にはテーブルがあって、その上には果物カゴが乗せられている。
カゴには、南国産らしい鮮やかなフルーツが並んでいた。
「アレ……手りゅう弾も……銃弾の薬きょうも入ってない?」
「どうしたんです、宇宙斗艦長。果物でも、食べたくなったのですか?」
「イヤ……そうじゃなくて」
部屋の中をキョロキョロと見回すと、シーリングファンがカラカラと回っている。
さっき聞こえた音の正体は、コイツだった。
「よォ、どうしたんだ、若いの。オッと、アンタぁオレなんぞより、1000歳も年上だったな」
そう言ったのは、褐色の肌をしたドス・サントスだった。
「な、なんでお前が、生きている!?」
霧がかかったような頭が、さらに混乱する。
「オイオイ、顔を合わせて初対面の挨拶がそれかよ。交渉としちゃあ、最悪だぜ」
「まあまあ、彼は疲れているのですよ。交渉は、明日にでもどうでしょう?」
「そうだな。了解したぜ」
葉巻でもくわえてそうな顔をしたドス・サントスは、葉巻をくわえていなかった。
葉巻の煙が霧のように充満していた部屋も、今はうっすらとニコチンの匂いが香る程度だ。
「ど、どう言うコトだ。ショチケは……マクイやチピリは、どこへ行った?」
「誰です、ソレ。女の人ですか!」
セノンが、両頬を風船のように膨らませて怒っている。
「女の人……って言うか、ドス・サントスの娘で……」
「残念だがな、オレに娘は居ねェぜ。ま、昔付き合った女の誰かが、産んだってんなら別だがよ」
ゼーレシオンのフラガラッハで真っ二つになったハズのドス・サントスが、ゲラゲラと笑っていた。
「な、なんだ、コレ……ボクは、夢でも見ていたのか?」
「そうだと思うよ。おじいちゃん、うなされていたから」
「アレが夢……全部、夢だってのか?」
「そうじゃ無きゃ、薬でもやってハイになっていたかだな。なんせここは、製薬会社が元になった企業国家なんだからよ。麻薬もとうぜん、取り扱ってんだろ」
「そりゃあな。とうぜん、医療目的だがよ」
「人聞きの悪いコトを言わないで下さい、プリズナー。麻酔(ますい)などの原料として使われるのは、貴方だってご存じでしょうに」
ドス・サントスとメルクリウスさんの、反感を買うプリズナー。
「それじゃあ……ボクが見たのは全部……」
天井を見上げるが、シーリングファンがカラカラと音を立て回っているだけだった。
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