理想と現実
「途中は野菜の畑が広がっていたでありますが、駅周辺は完全に住宅街でありますな」
「ホンマ、家と駐車場しかあらヘンで」
赤い色の私鉄から降りた杜都と金刺は、跨線橋(こせんきょう)から街を眺めながら言った。
「名古屋からはそれなりに離れているから、家賃も安いんじゃないか。ベットタウンとして、発展した街なんだろうな」
ロランは颯爽(さっそう)と、改札を通り抜ける。
「ところで場所は解っとるんか、ロランはん?」
「今やスマホが、目的地まで案内してくれるさ」
「軍の装備として開発されたインターネットも、ずいぶんと一般まで普及したでありますな」
3人の男たちは、新興住宅街の真新しいアスファルトの道路を歩いた。
しばらく歩くと、畑や田んぼの広がる牧歌的な光景へと変化する。
「なんや、栄えてるのは駅前だけかい」
「この辺は、広大な濃尾平野でありますからな。逆にこれが、本来の姿なのかもであります」
「山と海の間のせまい土地って育った静岡生まれからすると、日本じゃないみたいだ」
畑にはキャベツやナス、トマトなどの野菜が植えられており、肥料の匂いがうっすらと香っている。
春の日差しを受けて育ち始めた野菜たちの上を、色々な種類の昆虫が飛んでいた。
「どうやらここが、目的のアパートのようだ」
一棟の古びたアパートを見上げる、ロラン。
手すりなどは赤茶けていて、コンクリートも劣化していた。
「女性が4人で住むと聞いて、もう少しマシなアパートかと思っていたであります」
「せやな。これじゃいつ倒壊しても、おかしくないで」
「階段も、そこが抜けそうだぞ。だいじょうぶか?」
戦々恐々としながら階段を昇った男たちは、もっとも奥にある1室の呼び鈴を押す。
「どうも、手ごたえがないな」
「中で鳴ってる気が、せェへんで」
「壊れてるで、ありますな」
「仕方ない。直接声をかけよ……」
「アンタたち、ウチになんの用!」
ロランが声をかけようとしたとき、後ろから女性の声がした。
声のする方を向くと、茶色いツインテールの色白な少女が、ロランたちを睨んでいる。
少女は小柄で、白いワンピースのスカートに、黒い小さなコートを羽織っていた。
「アンタたち、ひょっとして昔のファン?」
整った顔立ちの少女は、両肩にマイバックをぶら下げ、背中には身体に見合わない大きなリュックを背負っている。
「え……」
「悪いんだけどアタシら、もうアイドルは引退してんだ。だから……」
「ちょっと待ってくれ。オレたちは、キミたちのファンってワケじゃないんだ。昨日、連絡を入れて会う約束をした……」
そう言いかけたとき、さっき呼び鈴を押した部屋のドアが開いた。
「なんだい、うるさいねェマルデ。帰ったんなら、さっさと中入りな」
中から出て来た、男性キャラクターのプリントされた白いロングTシャツの女性が、気怠そうに欠伸(あくび)をしながら呟く。
「こ、これは……も、もも、もしやノーブラ!」
「この姉ちゃん、し、下も着けてヘンちゃうか?」
杜都と金刺は、充血した目を皿のようにしていた。
「うわッ、ウィン姉。ドア閉めて!」
慌ててドアを押そうとする、小柄な少女。
中から出て来た女性は、ロンT意外になにも身に付けていない様子だった。
「なにすんだい、マルデ……って、なんで男が居るんだい!」
「いいからドアを、閉めろって。だからいつも、ちゃんとしたカッコウで居ろって言ってんだろ」
マルデと呼ばれた少女は、強引に中から出て来た女性を、部屋の中へと蹴り飛ばす。
「アンタら、用があんならそこで待ってろ。覗くんじゃねェぞ!」
3人の男の前で、古びたドアがバタンと閉じられた。
「ア、アイドルとは、こんなモノでありますか?」
「外面はきらびやかに見えんケド、実際はこうなんやなあ」
「ま、姉貴も似たようなモノだったからな」
男たちは、理想と現実のギャップを実感する。
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