悲劇の最後(バットエンド)
「オレの母……メ・ドゥーサが、人間の男に恋をして破れた、マー・メイディアだって言うのか!?」
サンゴの城の晩餐(ばんさん)の席で、声を荒げるバルガ王。
「その通りです。メ・ドゥーサは我が姉であり、バルガ……貴方はわたくしの甥になるのです」
ペイトー女王は、静かに頷(うなず)いた。
「だったら、親の決めた婚約者ってのは……」
「もちろん、海皇ダグ・ア・ウォンのコトさ」
今度は、リュオーネが答える。
「オヤジとは、政略結婚だったのか」
「そうなるね。やはり、ショックかい?」
「そりゃ、多少はな。だけどオヤジの、強面(こわもて)の顔だ。逃げ出すのも、無理もねェか」
豪語するバルガ王だが、虚勢を張っているのは誰の目にも明らかだった。
「詳しい経緯までは存じませんが、姉は政略結婚が決まってカル・タギアに輿入れして貴方を産んだ後も、人間の男を想っていたのです。ある夜、姉はカル・タギアから抜け出し、人間の男に合う為に行動を起こしました」
「それがリュオーネ、アンタに会うためだったのか?」
「ああ、そうさ。メ・ドゥーサは、海沿いにあった、わたしの研究所にやって来て言ったんだ。人の脚が、欲しい……とね」
緊迫した話に、白いテーブルに並べられた豪華な料理も、誰1人として手を付けられないでいる。
「せっかくの料理が、長話で台無しになるのも心外なんでな。そろそろ、宴(うたげ)を始めようぜ」
バルガ王は、オウム貝のグラスを片手に立ち上がって言った。
「宴って……ここは、晩餐の席なのだぞ」
「もう少し、場の空気を読んでくださいよ」
キティオンとベリュトスが注意を促すが、王は構わずグラスを掲げる。
「オケ・アニスとカル・タギアとの交易路の開設には、ペイトー女王も賛同してくれたんだ。まずはそれを祝って、乾杯だぜ!」
王の乾杯の音頭に、マー・メイディアの賓客たちも盃を上げて応えた。
「バルガ……貴方は王となっても、自由なのですね」
「まあな。これが母親の血なのかも、知れないぜ」
叔母と甥は、ぎこちない会話を交わす。
緊迫した空気は薄れ、晩餐の席にマー・メイディアたちの話し声が広がる。
皿に盛られた巨大魚の姿煮や貝のスープ、鮮魚の刺し身なども次々に食されて行った。
「これくらい賑やかな方が、話も盛り上がるってモンだ。リュオーネ、続きを聞かせてくれるかい?」
「仕方ない王サマだね。わかったよ」
手を付けたスープだけ、一気に飲み干す大魔導士。
「その頃のわたしは、自分の研究に絶対的な自信を持っていてね。あのコが欲しがっていた魚のヒレを地上の人間の脚へと変える薬を、調合して渡してしまったのさ。普通なら、動物なんかに投与して効果を見るべきところを、あのコに押し切られてしまってね」
「その薬に、なにか問題があったのか?」
「副反応が、あったのさ。あのコは代償として、美しい声を失ってしまった」
「人の脚と引き換えに、言葉を話せなくなっちまったのか」
「どんな気持ちだったんだろうな、メ・ドゥーサさんは」
王の2人の側近が、食事をする手を止める。
「我々が普段から使っていた薬に、そのような過去があったとは……」
「あの薬は、リュオーネさまの薬が、元になっていたのですね」
ステュクスとアドメーテーも、期せずして衝撃の事実を知るコトとなった。
「メ・ドゥーサがそれからどうなったかは、わたしは知らないんだ。だけど聞いたウワサには、海の泡となって消えたと……」
「その噂は、先代の女王によって流されたモノです。真実では、ありません」
ペイトー女王が、リュオーネの話を否定する。
「だったら真実は、どんな物語(ストーリー)なんだ?」
バルガ王が、叔母に向って問いかけた。
「恋に破れた姉は、醜い化け物となって現れました。美貌を誇っていた姉は自分の姿に絶望し、深い海の底へと姿を消したのです」
バルガ王の母親の物語は、悲劇の最後(バットエンド)となって完結する。
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