接触(コンタクト)
「今の情勢からして、企業国家連合の盟主たるトラロック・ヌアルピリに、接触(コンタクト)するしか無いってコトか?」
ボクは、教師役を務めるトゥランに言った。
「もしくはオーストラリアか東南アジアの企業国家と、接触するのもアリね。トラロック・ヌアルピリほどの力は持っていないものの、纏められればそれなりの影響力はあるわ」
「アフォロ・ヴェーナーで、宇宙に戻るって選択肢は無いのか?」
「残念だケド、その選択肢は無いわ。いくらアフォロ・ヴェーナーでも、地球の大気圏を抜け出せる能力は持ってないのよ」
「どこかでロケットでも手に入れないと、宇宙にも帰れないって言うのか」
『宇宙に帰る』などと、ボクもしっかり宇宙に馴染んだモノだ。
「さて、ようやく方針は決まったか。地球の企業国家は、ゲー(地球の意思決定量子コンピューター)や、ウー(地球の人工衛星監視コンピューター)の暴走で、今ごろ大わらわだろうからよ。どんな反応をして来るか、楽しみだぜ」
元少年兵のプリズナーが、戦争に飢えている狼のような言葉を吐く。
「人事だと思って……やはりここは、トラロック・ヌアルピリと接触するのがベストだろう」
なにがベストだと、心の中で自分に突っ込んだ。
でも、現時点で得られる情報量で、なにがベストかなんてわかるワケも無い。
「たとえ、当てずっぽうだろうがよ。決めるのが、リーダーの仕事さ。間違ってたら、後でテキトーに謝っときゃなんとかなるモンだ」
そう言い残すと、プリズナーはリビングを出て行った。
「そんなモンか……」
少年兵として戦場を駆けた男の言葉に、ボクは僅かばかりの安心を得る。
「宇宙斗艦長。このまま太平洋を横断して、トラロック・ヌアルピリに向かうわね」
アフォロ・ヴェーナーの艦長でもあるトゥランが、進路を告げた。
「そう言えば今は、どの辺を潜航してるんだ?」
「艦長の時代の地名で言えば、ハワイの辺りよ」
「ハワイか。ボクの時代じゃ、世界的な観光スポットだったけどな」
「残念だケドよ。ワイキキを始めとする陸地のほとんどが、遥か海の底だぜ」
「ダイヤモンドヘッドも、ほぼ水没……」
「かろうじて海面に出てるのは、キラウエアやマウナ・ロア、マウナ・ケアら、火山の山頂くらいさ」
真央、ヴァルナ、ハウメアの3人が、いつものようにリズミカルな言葉のリレーを繋げる。
「そう言えばハウメアは、ハワイにルーツを持つんだったよな?」
「まあね。だから複雑な気分だよ。まさかこんなカタチで、地球の故郷に戻って来るなんてね」
褐色の肌に茶色いドレッドヘアの少女は、太い眉を下げた。
黒い雨が溜まった海を潜航する、アフォロ・ヴェーナー。
しばらくすると、リビングにあるモニターに褐色に黒髪の男の姿が、映し出される。
「貴方が、トラロック・ヌアルピリの代表取締役である、ドス・サントス氏ですね?」
ボクは言った。
恐らくモンゴロイド系である男は、黄色のピンストライプのスーツをハデに着ていて、茶色のシャツにピンクのネクタイをしている。
指には大きな宝石のハマった指輪をギラつかせ、太い葉巻をくわえていた。
「ああ、そうだぜ。まったく、こんなときに国家元首が直々に会わねばならねェ相手が、このガキだっていうのか?」
ドス・サントスは、ビロードの赤い椅子の後ろに立っていた男に、愚痴を飛ばす。
「そうですよ。彼の名は、群雲 宇宙斗。マーズの火星艦隊を壊滅させたのは、彼の艦隊なのです」
聞き覚えのある声が、答えた。
「そ、その声ってもしかして、メルクリウスさんですか!」
「ええ、そうです。お久しぶりですね、宇宙斗艦長」
金髪の美しい好青年が、国家元首の後ろから画面に現れる。
宇宙での様相とは異なり、金色の刺繍がされた若草色のコートに、アイボリー色のタイツのようなズボンを穿いていた。
「ほ、報告し辛い事実ですが……ミネルヴァさんが、亡くなりました」
ボクの言動に、メルクリウスさんの柔和な顔が崩れる。
「そう……でしたか。残念でなりません」
優男は、胸に手を当て頭を下げた。
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