取って置き
「オレたちの籠っていた建物は、ある国の重要研究機関でな。敵のヤツらも、建物をなるべく無傷で回収したかったらしいぜ」
潜水艦として潜航する、アフォロ・ヴェーナーのラウンジ。
少年兵だったプリズナーの説明を聞きながら、当時の状況を想像するボク。
近いモノとして浮かんだのは、1000年前の引き籠っていた頃にやっていた、近未来が戦場のFPSゲームだった。
「ガキのオレには知らされてなかったが、逃げ込んだ地下の研究施設は、とくに重要だったらしくてよ。企業連合のヤツらも、簡単には手を出して来なかった。オレに、時間的余裕が生まれたのさ」
アッシュブロンドを掻き上げながら、男がほくそ笑む。
彼の言葉から、敵はすでに大企業の国家連合となっていると気付いた。
「与えられた時間の中で、キミはどんな行動を取ったんだ?」
デザインされたゲームとは違い、現実では選べる選択肢も格段に増える。
「研究機関を、爆破したのさ」
ボクの予想に反し、現実離れした選択肢を選んでいた過去のプリズナー。
「そんなコトをしたら、キミだって無事じゃあ済まないだろう?」
「無事で済まなかったら、今頃オレはココに居ないぜ」
「でも、どうやってキミはココに……」
プリズナーに、疑問符だらけの顔を向けるボク。
セノンや真央たちも、同じような表情で彼を見ていた。
「オレの逃げ込んだ地下研究施設は、やたらと頑丈な作りでよ。それこそ、シェルターみたいな構造だったぜ。オレは小型の核爆弾を持っていて、あらかじめ1階の天井に張り付けて置いたんだ」
「小型の核爆弾なんてモノまで、あるのか?」
「ああ。ジイさんの時代から、何年経ってると思ってんだ。他のあらゆるモノが小型化されてんのに、核爆弾だけ小型化できないワケねェだろ」
なるホドと、直ぐに納得する。
思えば開発当初は、1部屋を占有していたスーパーコンピューターよりも高性能な片手デバイス(スマートフォン)を、21世紀のボクらは持っていたし、テレビもずいぶんと薄っぺらくなった。
「核兵器の小型化も、密かに進められていたってワケか」
「オレの時代でも、おいそれと手に入るモンじゃ無かったケドな。いわゆる、取って置きってヤツさ」
「いくら取って置きって言ったって、そんなのを少年兵が持ってるのかよ」
「怖すぎ……」
「今じゃ、コミュニケーションリングに管理されてるから、普通なら絶対にムリだろうね」
真央、ヴァルナ、ハウメアの3人の少女も、驚きを隠せないでいる。
「研究施設には、部屋の中央に人が入れそうなカプセルがあってよ」
「カプセル……ですか?」
ボクの替わりに、セノンが反応した。
「ああ。ご想像の通り、冷凍睡眠カプセルってヤツだぜ」
プリズナーの投げ出された脚が、左右逆に組み変わる。
「ハッキングの知識は、あったんでな。オレはカプセルを開けて、中に入った。透明なカバーが閉まって、視界が凍り付き始めた頃に、デカい爆発音が聞こえた気がした……」
核爆弾によって、閃光に包まれる研究機関の建物。
悲鳴を上げる間もなく、爆発に呑まれる企業国家連合の敵部隊。
想像した情景が、脳裏に鮮やかに浮かんだ。
「それでキミは、永い眠りに就いたのか?」
「ま、そんなところだ。再び目覚めたのが、八王子の監獄の中ってワケよ」
海面上昇で、孤島となった八王子の街。
少し前まで八王子の監獄に収容されていたボクは、排他的で荒廃した監獄で目覚めた少年兵の姿を、頭に思い浮かべる。
「つまりキミは、ボクよりも遅く冷凍睡眠に就いて、ボクよりも早く目覚めたんだな?」
「そうなるな。目覚めたのは、今から10年くらい前だぜ」
「少年兵だったキミは、何歳だったんだ?」
「冷凍睡眠に入った時点で、10歳よ。つまり今の彼は、実質20歳ってワケ」
ボクの質問に、かつて少年兵だった男の、相棒のアーキテクターが答えた。
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