自殺
巨大な高層ビル群の向こうに、白い月が浮かんでいる。
マイクロバスの暗い車内で、倉崎は隣に座った男に問いかけた。
「オレは、アイドルについてはズブの素人だが、シャイ・二-事務所に所属しているのは、男性アイドルグループがほとんどだと思ったが?」
「世間一般のイメージって、それで合ってると思いますよ。オレも、そうでしたし」
「それなのに、キミのお姉さんはシャイ・ニー事務所を受けたのか?」
鉄道の線路があみだクジのように引かれた巨大高架駅の下を、自動車の群れが駆け抜けている。
車窓に映ったロランの半透明な顔は、寂しそうに俯(うつむ)いていた。
「丁度、女性アイドルもプロデュースしようって、なってたみたいですよ。その頃は、大人数の女性アイドルグループが、いくつも乱立してましたし……」
「確かに、そんな頃があったな」
「姉は、幸運にも開かれたオーディションに、幸運にも合格したんです。30人以上もいるグループの、一員ではありましたがね」
「そうか。だが、地域リーグ2部所属のオレたちよりは、マシなんじゃないか?」
「アイドルグループとサッカーチームを、比べてイイかは解りませんが、少なくとも芸能事務所の最大手である、シャイ・ニー事務所のプロデュースを受けていたのは実です」
バスは再び、渋滞に捕まる。
巨大ターミナル駅には、国の交通の大動脈となる高速鉄道が通っていた。
「やっぱ、大きな駅ですね。静岡とは、規模がゼンゼン違う」
「ここも発展したモノさ。昔は地下街くらいしか、見どころも無かったんだがな」
2人の前に座る運転手の大きな背中が、大都会の過去を語り始める。
「オレが若かった頃は、短パンで来たってヘンな目で見られるコトも無かったんだ。ずいぶんと、洒落た街になっちまったモンだぜ」
海馬コーチは少しだけ話題を変えたあと、再び運転に戻った。
「キミの姉さんは……その……なんと言うべきか」
「ええ、亡くなりました……自殺です」
倉崎が思ったよりキッパリと、断言するロラン。
「自殺……?」
「少なくとも、表向きはそうなってます」
「表向き……と言うコトは、キミはそう思っていないのか?」
「なんだか、探偵みたいですね」
窓際に置いた腕の上に、顎(あご)を乗せるロラン。
「そうです。オレは姉さんが自殺したなんて、思ってません」
マイクロバスは、なんとか渋滞を抜け出して、鉄道の高架線と平行して走り始める。
大都会の摩天楼は、後部座席の窓へと遠ざかり、側面の窓から見える灯りも次第に減って行った。
「詳しく聞いて……構わないか?」
「最初から、全て話すつもりでした。気を遣わせて、すみません」
ロランは正面を向き、姉の話を始めた。
「姉は、杏寿(アンジェ)と言う名前でした。死んだのは去年のコトです」
倉崎は、聞き役に徹する。
「死因は自殺として、新聞の片隅に小さく載った程度です。まだまだ姉自身も、姉の所属するグループも知名度なんてありませんでしたからね」
古ぼけたバスの中には、エンジン音だけがけたたましく流れていた。
「シャイ・二ー事務所は、姉の自殺を境に女性アイドル部門を縮小し、今年の初めに消滅させました」
「天下のシャイ・二ー事務所と言えど、女性アイドルグループのプロデュースは、簡単には行かなかったのか……」
「オレも素人なんで、詳しいコトはわかりませんが、そうなんでしょうね。元々が不採算部門だっただろうし、それに関しては仕方がないと思ってます」
「それじゃあキミは、なにが引っかかっているんだ?」
「姉の死因です。警察の調査では、姉はネットを中心に誹謗中傷されたことで心を病んで、突発的に自殺に至った……とのコトでした」
「難しい話になるが、その可能性もあるんじゃないのか?」
「直接的な死因は、そうだと思ってます。でも、大した影響力もない姉がナゼ、ネット民たちの誹謗中傷を受けたのか。そこが、重要なんですよ」
ロランの話は、佳境に入りつつあった。
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